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俺の奥さんが無双な件について
こう太に尻を叩かれた結果、無事に引越しの準備は終わった。
あとは二十日に業者が来た時に少し手を加えるくらいで、超余裕だ。
俺は綺麗に片付いた部屋を見て一人感慨にふける。
この部屋には十年いた。
入った時はリフォームされたばっかりで綺麗だったのに、今じゃあちこち汚れが目立つ。
「…ダメだ、こんなことしている場合じゃない」
今日はこう太の小学校の修了式だ。
そして、今の小学校に通う最後の日でもある。
迎えに行こうかと尋ねるも、恥ずかしいのか強がりなのか、頑なにいらないと言われてしまった。
普段だったら構わず突撃するんだけど、俺は珍しく良い事を思いついてしまった。
テーブルの上に置いてあった箱をそっと開けてみる。
午前中に受け取りに行ったケーキは、保村のとこの嫁のマリアちゃんに作ってもらった。
ケーキは崩れることも偏ることもなく、綺麗なまま鎮座していたので何だか嬉しくなる。
そう、四年間お疲れ様、頑張ったなというご褒美で、ケーキを用意した。
しかも、こう太が喜んで食っていたマリアちゃんの手作りだ。
一週間前、突然お願いしたにも関わらずマリアちゃんは快く引き受けてくれた。
そして俺の想像以上に、クリームたっぷり、果物がこれでもかと敷き詰められたケーキを作ってくれた。
手間がかかったろうと材料費を多めに渡そうとしたのに、
「石川さんとこう太くんが喜んでくれれば私も嬉しいの」
と笑顔で言ったっきり、受け取ってはくれなかった。
こう太が俺のところに来てくれなかったら、マリアちゃんと話したり何かを頼んだりすることはなかったんだろうな、と思うと何だか不思議な気持ちになる。
とりあえずケーキを冷蔵庫にしまってこう太の帰りを待った。
うん、中々に良いお父さんっぽいぞ俺。
最近苦行を行ったせいなのか悟りが開けてきた。
欲望を押さえ付けるからどこかで爆発するわけであって、ちょっとずつ小分けに出すことで精神の均衡が保てる。
だから、「奥さん」とか「嫁さん」とか茶化したりしてこう太に構ってもらう。
時にはちゃんと「お父さん」としてあいつに接することで、自分自身に「父親」だということを言い聞かせる。
…この間我慢できずにちゅーしてしまったんだけど。
こう太は何も言わないでいてくれたから俺も何も言わないけど、後からうわぁぁぁ!と枕に顔を埋めて叫んでしまった。
だって、恋人との思い出で頭がぐちゃぐちゃの時に、「甘えてください」って優しくされて。
こう太の心臓の音が心地よくて、頭を撫でてくれる手が愛おしくて。
今すぐにでも愛してると言いたかった。
「重症すぎんだろ…」
自分の頭をゲンコツで小突いてから、こう太の帰りをパンダを抱っこしながら待った。
*
13時を回ってもこう太は帰ってこない。
修了式は11時くらいに終わると言っていたというのに。
スマホにも何も連絡がないので、俺はそわそわと玄関と居間を往復する。
やっぱり、多少崩れるの覚悟でケーキ持ったまま迎えに行けば良かったかな。
でも、保村ん家から学校行くと時間かかって鮮度が落ちても嫌だしなぁ、とあれこれ考えていたら玄関のドアからガチャガチャと音が聞こえてきた。
「…ただいま」
続けてこう太の声が聞こえてきたので、俺は玄関まで迎えに行って。
ビビる。
砂埃まみれの体に擦り剥けた膝。
そして、左頬が赤く腫れあがり、鼻から血が垂れていた。
こう太は不機嫌そうに手の甲で鼻血を拭っていた。
「お…おかえり?」
「…ただいま」
「えっと…どした?」
「…喧嘩してきた」
そ、そっか、喧嘩かぁ。
俺もよく保村や華田と喧嘩してるよ。
いやー父ちゃんの子だなー、喧嘩かぁ、アハハハハ。
「…どこのどいつにやられた?」
肩をがしりと掴んで、相手の名前を吐かせようと前後に揺さぶる。
こう太は嫌そうにそれを振りほどくと、うるさい、と冷たく言った。
そのまま洗面所に行って顔を洗おうとするのを見て我に帰る。
「えーっと、絆創膏か!?どっかにあったか!?」
オロオロと部屋の中を探しまわるも、引越しの準備のダンボールのどこにあるかわからなかった。
「座ってなよ。絆創膏も消毒液も買ってきたからいいよ」
この子の冷静さが怖い。
膝小僧に消毒液で濡らしたティッシュをあてると、染みるのかこう太の顔が歪む。
頬にはシップを貼ってやり、鼻血も綺麗に拭った。
絆創膏を貼ってやって、一応傷の手当ては終わったけれどこう太の顔は不機嫌なままだった。
「で、何で喧嘩したんだよ?」
こう太はそっぽを向いたまま何も言わない。
「こんな怪我するような喧嘩は、父ちゃん嫌いだ。小学生だから、喧嘩すんなっていうのは難しいと思うけどよ」
こう太はさらに体を動かして、俺に背を向ける。
珍しいのはあぐらをかいているところだ。
いつもは礼儀正しく正座をしている子なのに。
「喧嘩の理由くらい言えよ。別に怒りゃしないって」
「…多分、笑うもん」
不機嫌な声で小さく吐き捨てるように呟く。
「笑わねぇよ」
「ほんと?」
「うん」
俺がそう答えると、しぶしぶこちらに体を向ける。
つま先を抱えたまま、俯きながら小さく呟く。
「…お父さんをバカにされたんだ」
頭がパーンとなった。
*
こう太曰く。
修了式のあと、こう太は転校するということでクラスのみんなに挨拶したらしい。
その後、荷物を持って学校から出てきたら、同じクラスの男子にクスクス笑われたらしい。
俺が貧乏だから引っ越すんだ
クマだから森に帰るんだろ
外人だから外国に行くんだろ?
芸術家って仕事なの?
って。
「…だからつい、言っちゃったんだ」
『自分家が貧乏だからってボクの家もそうだと思わないでよ。君もゲームばっかやってないで本でも読んだら?ボクのお父さん、本の表紙とかも書いているんだけど』
…キッツ!!え、誰に似たのこの子?
売り言葉に買い言葉で返したら、男子に手を出されたらしい。
「で、殴られたのか」
「殴られて、地面に突き飛ばされた」
「それで膝擦りむいたのか…」
「でも、そのあと髪ひっつかんで頭突きして、キック3発いれてやった」
「お…おう…」
こう太が返り討ちにしている姿が、見ていたわけじゃないのにありありと浮かぶ。
何度か保村や華田と殴り合いの喧嘩はしたことあるけど、ここまで鮮やかに立ち回っていないよなぁ。
そんなことを思い出していると、こう太がじぃっと俺を睨みつけていた。
「…お父さんもバカみたいって笑うの?」
「え?いや…」
「あいつら、本気にするなんてバカかよ、って言ってきたんだ」
こう太が悔しそうに唇を噛んでいた。
「ボクのこといくら外人って言っても構わないけど…冗談でもお父さんをバカにするのは許せなかったんだ。お父さんはスゴい人なんだからな!お仕事頑張ってくれているんだからな!って、言ったんだけど…やっぱりあいつら、もう一発ずつパンチしてやれば良かった」
最後のほうは涙声で、目の周りをゴシゴシこすっていた。
俺の方はというと、嬉しすぎて顔がにやけるのを必死に我慢していた。
俺のために怒ってくれたこともそうなんだけど、俺のことを凄いと認めてくれて、仕事も頑張っていると言ってくれて。
幸せすぎてどうにかなりそうだ。
そんな俺の様子をみて、こう太は不満そうに唇を尖らせる。
「やっぱり…笑うんじゃんか」
「そりゃ、嬉しい時はな。父ちゃん、こう太に愛されてんのな」
俺の言葉に最初意味がわからないという顔をしていたが、処理が追いついたのか、みるみる顔が真っ赤になっていく。
そして、恥ずかしそうにプイ、と顔を背けた。
「まぁ、でも暴力はいかんからな。次はもう、蹴ったり殴ったりするなよ」
「…わかってます」
「…っていうのは、建前で」
俺が掌を顔の近くまであげると、こう太もつられて手をあげた。
「よくやった。次は父ちゃんが助太刀するからな」
そう言って、パチンとハイタッチをした。
こう太はちょっとポカンとした顔だったんだけど、プと吹き出した。
「それは卑怯だよ」
そう言って笑ってくれた。
マリアちゃん作のケーキをテーブルの上にドン、と置くと、面白いくらいにこう太の目がキラキラ輝く。
俺は食わないからこう太が全部食え、というと何度も俺の顔とケーキを見ていた。
「あ、でも、包丁だして切らないと…」
「カレー用のでかいスプーンあるからそれで食えばいいじゃん」
「そ、そんなこと!お行儀が悪い!でも明日引越しだからね!しまっちゃったから探すの大変だよね!し、仕方ないなぁ!このまま食べるね!」
言い訳しながらも満面の笑みを浮かべている様が笑えて仕方ない。
可愛いなぁ、ホント。
スプーンを口に持っていく度にうっとりとした顔になる。
顔を殴られたので、口の中切れていたら食う時可哀想だなぁとか思っていたのだが、そんな心配はなさそうだ。
…それか、痛いのを抑えるくらいにケーキが美味いのか。
こう太は一口食べるごとに笑顔になるので、見ていてまったく飽きない。
幸せそうな顔に、俺もつられて笑顔になる。
「四年間頑張ったなぁ」
俺の言葉にスプーンを止めてこっちを見た。
「お疲れ様」
あと二年間小学校に通わなくてはいけないが、この引越しがこの子にとって区切りになると思う。
俺は四年間の小学校生活の全てを知らない。
それが辛いものだったのか楽しいものだったのかはわからない。
だけど、特殊な環境で、他の子とは違う容姿でありながらも、頑張ってきたこの子を労いたいと思った。
そして、これからもよろしくの思いを込めて。
「…うん」
こう太の目からポロっと涙がこぼれる。
それから堰を切ったように涙を流し続ける。
「ケーキしょっぱくなるぞ」
「…うるさいなぁ」
手の甲で涙を拭うこう太の頭をよしよしと撫でてやる。
小さく、ありがとうと言ってくれたことが何よりも嬉しかった。
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