アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
3
-
交番にたどり着くと、本宮はすぐさま萩谷に上着を渡し、温かい飲み物を買いに走った。
萩谷を見つけたところから交番まで、そんなに距離はないと思っていたが、萩谷の歩調に合わせて歩いていたら予想以上に時間がかかってしまった。制服姿の自分が肌寒く思うほどだ、薄手のシャツ1枚とくたびれたサンダル姿で体力も消耗して衰弱しきっている萩谷のダメージが心配だった。萩谷が知り合いの知り合いであると分かった今、彼を本宮がこのまま放っておけるわけがない。
風邪をひかないようにしてあげないといけない。根からの人の良さが本宮を動かしていた。
案の定、上着を受け取った萩谷はすぐにそれを羽織ると、パイプ椅子の上で膝を抱え込んで震えていた。まだ温かい缶コーヒーを本宮から受け取ってからは、両手で包み込むように缶を持ち、体を温めようとさらに体を縮こませる。
とりあえずあの場で倒れるようなことは避けられた。それだけでも本宮はほっとする。少しずつ顔色も良くなっていく萩谷をちらりと見て、やっと落ち着いた。
「……萩谷さん、でいいんですか?」
門井から勝手に聞いてしまった相手の名前を口にすると、萩谷は小さく頷いた。手にした缶コーヒーのタブを緩く引っ掻きながら、飲むかどうか迷っている様子だ。
「あ、どうぞそれは飲んでください。体が冷えていたみたいだったので」
「……ありがとうございます」
落ち着いた、呟くような低い声で礼を言った萩谷は一瞬だけ本宮と目を合わせて頭を下げると、缶コーヒーを少しずつ飲み始める。小さな交番の中にコーヒーの匂いが広がった。
このまま沈黙を貫いて門井が来るのを待ってもいいのだが、あれだけ必死で本宮に助けを求めた萩谷の姿が脳裏にちらついてしまう。門井とどのような関係なのかは分からないが、彼が警察官だと萩谷は知らないのだろうか。門井は絶対に力になってくれるはずだし、もし門井が動いているのなら自分の耳にも届くはずなのだが。
単なる家出と判断されて放置される行方不明者は多い。萩谷の妻と娘もその類なのだろうか。門井はとても厳しいが親切な人柄で、こんなに切羽詰まっている人間を放っておくはずがない。現にあのように心配して連絡を入れてきた。もしかしたら萩谷は捜索を依頼した際に門井と知り合ったのかもしれない。
色々と1人で考えても埒が明かないことは明白である。それに目の前には当の本人がいるのだから、一言声をかけて聞けばいいのだ。落ち着いている今の萩谷に聞けば何が分かるかもしれない。
「……あの、萩谷さん」
「……はい」
萩谷は声をかけられたことに驚いた様子で、顔を上げて本宮に返事を返す。目の前の警察官の真面目な表情に何かを感じたのか、おずおずと缶コーヒーを机に置き、足を地面に下ろして深く座り直した。
「先程の件なんですが、捜索願を正式に出された方が確実だと思います。ご存知かと思いますが、門井さんは警察署に勤務されていますし、相談にもちゃんと乗ってくれる人です。1人で探し回られるよりももっと効率も良くなることだと思います」
「……」
「……それに、とても心配です」
こんな夜に、酒も入った状態で、感情のコントロールもできず、長い間寒い中にうずくまっている萩谷の姿は正直に言って心配だった。一途に家族を探し回る萩谷の左手の薬指にはまる指輪が、さらに彼を痛々しく見せている。
自分がもっと力を持っていたら助けられたのかもしれないと思うと、本宮は自分が情けなくなってしまう。みんなを助けられるような人になりたいと、幼い頃から目指していた夢はまだ叶えられていない。萩谷のように助けを求める人に出会っても、手を差し伸べることができない現状に歯噛みしてしまう。若いから、という言い訳は使いたくない。
「……気にしないでください」
か細い声に、いつの間にが下がっていた目線を上げる。萩谷は目線を机の上の文房具にさ迷わせていた。
「……俺のことは、気にすることないです。ただの酔っ払いですから」
何かを言おうと口を開けたが、本宮はぐっと、言葉が詰まってしまう。萩谷がぼんやりとくすんだ目を上げ、本宮を見ていたのだ。
その表情は少しだけ笑っているようにも見えたが、どこか傷ついたような、本宮を責めているようにも見えた。
「…………でも、こんな状態の俺を、心配してくれたのは……門井と、あなた、だけです。……ありがとう、ございます」
ぽつりと呟いた言葉を最後に、萩谷は俯いて喋らなくなった。
唐突なお礼の言葉に本宮は戸惑っていた。萩谷が礼も言えないような人物だと思っていた訳ではないが、あんな顔をされた後に言うような台詞ではないはずなのだ。
酔っ払いを無理矢理立たせて連れていく時に怒鳴られることはよくある。あんなふうに、素直な嫌悪の気持ちをぶつけられた方がよほど気持ちがいい。腹の中で得体の知れないものが渦巻いているようだ。
何がいけなかったのか、正直本宮には分からなかった。自分の言葉が萩谷を傷つけたのなら謝りたい。いや、謝るべきである。こんなことは絶対に許されないことなのだ、人を助ける立場にいる自分が人を傷つけてしまうことは。
「……あの」
本宮が意を決し、口を開いた時、外から自動車のエンジンの音が聞こえた。門井が来てしまったようだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
3 / 39