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77.(side.神田)
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それから暫くして。
「…………お前に、海外転勤の話が来ている」
久しぶりにかかってきた電話の向こう側で、義父は、そう言った。
それは、命令のかたちをとってはいないけれど、紛れもなく、命令で。
ちょうどいい機会だと思った。
あれから、綺羅と彼女は、なにも変わらなかったし、きっとぼくの計画は、失敗したのだろう。
このまま、遠くに行ってしまえば、この汚い感情に蓋をできるかもしれない。
そう、おもった。
「…………わかりました。」
「少なくとも、10年は帰ってこれないだろう。
もうほとんど、永住するくらいの覚悟でいけ」
それだけいうと、あっさり切れる電話。
…………愛が、ほしかった。
たったひとりでいいから。
たったひとりからしか、いらないから。
綺羅からのーーーー"優"からの、愛が、ほしかった。
けれど、もう、自分の想いに、自分で振り回されて。
ふくれ上がる想いは、自分でも怖いほどで。
綺羅の近くに居続けたら、いつか、ひとだって殺してしまいそうな気がした。
「…………わすれよう」
そんなこと、きっと、できるはずもないけれど。
部屋に響いたその声は、なんだか疲れきっていて。
ぼんやりと働かない頭の中では、全てが曖昧で、ぐちゃぐちゃだった。
1番の被害者であろう、彼女に対しての、罪悪感すら、ろくに感じられない。
『あんたは、不幸しかはこんでこないわ!!!
この、悪魔!!!!
あんたなんか、生まれてこなきゃよかったのに!!』
不意に、捨てられる前の日にこぼされた、女の言葉を思い出した。
…………本当に、その通りだ。
ぼくがうまれてきたことは、間違いだったんだろう。
こんな狂ったことをしても、平気で生きて居られるぼくは、確かに、あの女の言う通り、悪魔であるに違いなかった。
…………もう、日本には帰らない。
その、つもりで。
それでも諦めの悪いぼくは、綺羅にだけ、転勤のことを、話した。
あれだけのことをしておいて、もう諦めようとそういいながら。
ぼくは、どこまでも惨めに縋り付いていた。
そして、彼は、空港まで見送りに来た。
やっぱり、彼女は"言わなかったんだな"と、頭によぎったのは、そんなこと。
目の前にある、綺羅の顔を、目に焼き付けるようにじいっと見た。
これが、最後。
特別きれいというわけではない、どこにでもいそうな、平凡な顔。
それでも、ぼくにとっては、どんなに美しい顔より、輝いて見える。
ただただ顔を見つめるぼくに、綺羅は不思議そうな顔をしたけれど、曖昧にわらって、ごまかした。
そうして、いよいよ搭乗口へ向かう、その時。
「…………レイ、かえって、くるんだよな?」
綺羅は、ぼくの名前を呼んだ。
静かに振り向けば、綺羅は少し不安そうな顔をしていて。
まだぼくに、そんな顔を向けてくれるのかと、諦めの悪い心臓は、高鳴る。
「なに、当たり前でしょ。ただの転勤だよ。そのうち戻ってくるよ」
………なんて、嘘。
もう帰ってくるつもりなんて、ないのだけれど。
いつも通り、笑顔で告げたその嘘に、綺羅は少し考えるような顔をして。
「…………あかりには、まだみんなに言うなっていわれてるんだけどさ」
その言葉に、さっきとは違う意味で、心臓がどくりと脈をうった。
「あかり、妊娠したんだ」
だからさ、ちゃんと、子供の顔、見に来てくれよ。
綺羅はきっと、その言葉で、ぼくが日本に帰ってくる"理由"をつくりたかったのだろう。
ぼくが、それを祝福すると、疑っていないのだろう。
ーーーーあぁ、『おめでとう』と、そう言わなければ。
けれど、ぼくの頭は、"妊娠"と言う言葉で、いっぱいだった。
…………こども。
それは、だれの?
どうやって綺羅と別れたのかは、覚えていない。
ただひとつ、たしかなのは。
飛行機に乗ってからも、ずっと頭の中には、その言葉がこびりついていて。
一度はあきらめようとした、あの狂った計画が、ぼくの頭の中に、よみがえってしまったということだった。
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