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ロミオとジュリエット 67★
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結の、
「きっとあなたを奪い返すから!」
の声が、胸に突き刺さり、私の体の中で何度も何度もこだました。
「好き!今でも!好き!大好き!」
私は既に、ドイツの自宅に戻っていた。
台所で、オレンジの皮をむき、白い綿をスプーンで黙々とこそぎ取っていた。
「旦那様のオレンジピールは美味しいから。」
ジップが、にこやかに笑って白い綿を生ごみバケツに入れていく。
ジップがバケツにたまった生ごみを階下に運んで行く。やがて庭でたい肥になる。
庭では、庭師のパウルが待ち構えているはずだ。
私の屋敷には、休日よくブラオミュンヘンの選手たちがやって来て食事を共にしたり庭でサッカーに興じていた。
しかし、パンデミックで来客は今はいない。
オレンジはドイツでは採れない。
これはイタリアからの輸入品だ。
無農薬オレンジを買い、中身も皮ピールも、ジップとパウル、私で食べる。
猫たちは柑橘の匂いを警戒して、棚の上から高みの見物をしている。
サッカー試合は無観客。帰宅すれば、この静かな暮らしが私を待っている。
結は、私と別れた後、何を思って暮らしていたのだろう。
結は、パンデミック下にありバレエのオンライン演目に出ていた。将来につながる子供の顧客獲得のため、お菓子のおまけ付きチケットを発売し、お菓子の種類を結自ら選んでいたと言う。
私なしでも、通常通り活躍しているように見えた。
でも、私が五代と共にいた所を見て、結は平常心を保てなかったのかもしれない。
空港で結が激高したのを、言葉はわからないにしろ、周囲のドイツ人乗客は驚いて見ていた。
結は、東京でも同行していたパリバレエ団職員らしき人物に「公演がありますからと」連れ去られるように行ってしまった。
結は、ドイツのフランクフルトでゲスト公演すると言っていたが。
結と別れ、結への想いが消えたのかと言えばうそになる。
しかし、バレエを続ける結を守り、私もブラオミュンヘンを守るためにはこれしか選択肢がなかった。
結には10社のスポンサーがいる。世界的バレエダンサー道ノ瀬結を支える貴重な存在だ。
結の活動には、公演運営費、チケット売買、広告宣伝費、莫大な資金源が必要だ。
それをスポンサーが支えてくれている。
私の所属するブラオミュンヘンは、ドイツの強豪チームだが、パンデミックで無観客試合を強いられている。
今やすべての試合が無観客だ。
オンライン放送はしているが、チケット収入が消えた。
ブラオミュンヘン存続の危機である。
ドル箱だったブラオミュンヘンは、外資系油田企業の支援を受けることになった。
そして、五代。五代は空港で結が正気に戻ったことで、珍しくわずかに動揺した。彼は弱みを見せない。
以前戦争に反対し、大使の地位を追われた父のようになるまいとしている。
典雅な微笑みの下に、非情な決意を隠している。
その彼が、時折見せる、心の機微…。
ブラオミュンヘンは私がLGBTであることを公言しないことを望み、日本政府は結がLGBTを隠すことを強要している。 結と別れたまま、もう会うこともないのなら、五代と生きていくのもありかもしれない。
しかし、それは権力に飼いならされると言うことだ。皆そうして生きている?
結をあきらめ、観客の応援もないままそれでも勝たねばならない。この苦しみはいつまで続くのか。
ジップもパウルも夕方4時には帰宅してしまい、旅籠だったこの広い屋敷に私と猫だけになる。
疲れているのにもかかわらず、眠れない夜が続いた。
試合があるから、寝るのも仕事なのだが、1時間ごとに目が覚めることもあった。
その夜も、私はすぐには眠れそうになかったので、珍しく寝室でパソコン動画を見ていた。
動物のドキュメンタリー映像だった。
何組かのオットセイの親子が海で仲良く暮らしている映像が映っていた。
オットセイの親は、少し大きくなった子供を連れて海で泳ぐ。
子供も達者な泳ぎをするようになった。
すると、海面からのどかに顔を出していたオットセイの群れが、急に波立たせてものすごい勢いで逃げ出した。
暗い大きな影が海面下に映っている。サメだ。サメがオットセイを追いかけている。
オットセイたちは、島の陸地に急いで這いあがり、次々と難を逃れる。
その時、親のオットセイに必死について行く子供オットセイがいた。
子供オットセイは、サメに横腹を食われていた。
オットセイの子供は、自分の一部を失いながら命の限り必至について行こうとする。
オットセイの子供には、間もなく死が訪れるのだろう。
それでも、親について行こうとする。何としても親のそばがいいのだ。
このような無残な出来事は、日々起きている。
自然の摂理とは言え、悲惨な映像に私はいたたまれなくなり、ここまで見たことを後悔した。
パソコンを消し、腰かけているソファを立ち上がろうとすると、ポツっと雨が窓に当たる音がした。
春でも、私の屋敷のある場所は標高が高いため、夜は寒い。もしかしたら氷粒かもしれない。
ソファの背にいた猫たちが、耳を立てている。
またポツっ、と音がした。
雨が降り出して来た。明日は雨か。天気予報では雨とは言っていなかったが、山は天気が変わりやすい。
明日、夕方からは試合だ。
ポツッ、今度は今までより大きな音がした。
猫たちがソファの上で、立ち上がった。
「どうした?」私は猫の毛並みを撫でながら彼らに問うた。
私は、猫の視線の先を見た。
視線の先は窓際のカーテンである。
私は、立ち上がり、カーテンを少し開けた。
2重窓の向こうには暗い庭があるだけである。
しかし、雨粒が当たったはずの窓ガラスが雨に濡れていない。
私は不振に思って、ドレーキップ窓(内開き・内倒し窓)を開けた。
「東郷さん!…」
「?!」
私は、窓の下を見た。
私の寝室は3階である。その窓の真下を見た。
夢でも見ているのか。にわかに信じられない光景があった。
窓の真下に、”結”がいた。
「東郷さん!!」
「結…。なぜ君がここに?」
「結、君はここに来てはいけない。」
「でも来てしまった。今日は帰れない。」結は私を見上げて言った。
確かに、今日結がパリに帰るのは不可能だ。しかし、結が私の所に来たことが発覚すればただでは済まない。
「結、君が泊まるホテルを近くに用意する。送迎のタクシーも。」
「いやだ!行かない。東郷さんが入れてくれないなら、ここに朝までいる。」
「ばかな。凍え死ぬぞ。」
「それでもいい!」
「結!…、」
「結、君が著名バレエダンサー道ノ瀬結でなく、私もブラオミュンヘン監督東郷悟でなければ、どんなに良かっただろう。それなら今すぐ、ドアを開けて君を招き入れる。
でも、私たちは、多くの人に支えられて生きている。裏切ってはいけない人たちがいる…。」
「それはわかっている。でも、どうしても東郷さんと一緒がいい。東郷さんが他の人と一緒にいるのはいやだ。」
「だめだ、帰りなさい。」私は選手に時々使う命令口調で言った。
「嫌だ、入れてくれなければ、ここを登る!」暗い中、結は近くの枝を掴んだ。
「だめだ!その木はバラだ。とげがある。」
それでも結は、大きくなったバラを掴み、1階の窓の縁に足を載せ、壁をよじ登ろうとする。
「東郷さんの…、い…る、窓まで…登る!」
結は、息を切らしながら本当に登ろうとしている。窓の縁に足をかけ、1階のひさしを傷ついた手で掴んだ。バレエで鍛えた身体能力で、結は本当に3階まで登って来そうだ。
私は、急いで、階下に降り、玄関を開けた。
「結!」
「東郷さん!」
結が窓から飛び降り、私の方へ駆けて来た。
玄関テラスの縁に足を取られ、倒れそうになった結を私がとっさに抱き留めた。
「結…。」
「ずっとこうしたかった…。」
わずかに血の匂いがする。
結の手のひらはバラのとげで傷ついているに違いない。
その手を私の背に回し、片時も離すまいと抱き、結はおんおん泣いた。
結、結!…。
「東郷さんのそばがいい!東郷さんのそばがいいんだ!」
私は結を抱きしめた。
結は、先ほどのドキュメンタリーのようだ。
どんなに悲惨な状況でも、私に寄り添おうとする。
結と私を社会がどんなに引き離そうとしても、私たちは引きあってしまう。
惹かれ合うことがどんなに、まずいことか、わかりすぎるほどわかっている。
結を受け入れることは、ブラオミュンヘンを窮地に落とすことになる。
それでもいいのか!?
許されることなのか?
これは何かの天罰なのか…。
理性で何もかも抑え込めるはずの私が、この感情を抑え込めない…。
私は、結を玄関内に入れた。
家の中に入れてしまった。 灯りを点け、結の手を見た。
バラのとげで傷ついた、手を手当てしてやらねばなない。
手を洗わせようと洗面所の方へ連れて行こうとすると、結が言った。
「抱いて。今すぐ。夜が明けてしまわないうちに。」
「結…。」
結の手を洗面所でそっと洗い、私は結を抱き上げた。
「東郷さん…。」
「先がどうなるかわからない。でも、今夜はすべてのしがらみよりも君を優先する。」
私は、結とベッドの上にもつれこんだ。
結が痛いはずの手で私のシャツの胸ボタンをさぐる。
その手を外して、私は自らボタンを引きちぎるように外した。
結は吸い寄せられるように、私の胸に埋めて来た。
「東郷さん、東郷さん。」
お互いの隔てるものが何もなくなり、私たちは激しく抱き合った。
宙を掻くように泳ぐ結の腕に自分の背を与えた。
結の胸、腹、更にその下、細身のものにキスをして行く。腿を過ぎ、脚の甲を手に取ってキスしてやると、結が声を上げた。
「あっ…。」
「久しぶりだろう?君が受け入れられるかどうか…。」
私の両肩に載せられた結の脚を取り、上に折り曲げて開かせた。
「いやっ。」
指の腹で蕾のくぼみを探る。
「んんっ。」
舌で触れたら、結の身体がはねた。
「いやあっ。」
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