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最近、また周りが良く見えるようになってきた。
いつもの彼が“瀬田さん”という名前であることや、
おばあちゃんみたいな雰囲気の看護師さんは“久米さん”。
ご飯やトイレ、お風呂にも行けるようになってきたし、
窓の外を見て、今日が晴れだとか、曇りだとか雨だとか、
独り言のように心の中で他愛もないことを考えることもできた。
ただ、それと同時に自分のことを一切思い出せなくなっていた。
僕の名前は、笹本凪で、
“瀬田さん”と同じ会社で働いていた、ということらしいけど、
それ以前のことや、どうして入院しているのか、
以前の記憶がさっぱり抜け落ちてしまったように思い出せない。
でもきっとそれは、思い出したくないか、思い出す必要がないからってことなんだろう。
その証拠に、誰も僕の過去について話をしないし、何か聞かれたりもしなかった。
ここにいると、楽しいとか、苦しいとか、痛いとかの感情は持つことはないけど、
“瀬田さん”が来るとうれしいし、彼がいないときは寂しい、
その感情だけで十分な気がした。
触れている手も、なぜか懐かしい感じがするけど何も覚えてはいない。
「凪、話があるんだが」
暫く部屋からいなくなっていた彼が戻ってきて、僕の頬に触れながらそう言った。
いつになく真剣な顔をしているので、かっこいいなと思った。
どうしたんだろう、明日はここに来れないのかな。
彼が褒めてくれるから、ご飯もトイレもお風呂もできるように頑張っているのに。
「俺の家に来ないか?」
「…?」
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