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Mの回想三日目 帰り道
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(…ったく。なんであんたって人は…。)
胸の内で呟きかけて、落合は結局言葉を押しとどめた。
ここは電車。我妻と出かけた取引先から、直帰するために乗った帰路の途中。
落合はちらりと右隣を見かけて…彼の姿が視界を掠めると、すぐさま身体を硬直させる。
…落合のどっしりとした右肩にしなだれかかるように華奢な人影が寄りかかっていた。寄りかかる人物…小柄な男は落合の上司である我妻だ。
(…そうやって、俺を煽るような真似をする‼)
落合は心の中で密かに目元にハンカチを添えた。
部下の心上司知らず。我妻は健やかな寝息をたてて、安らかに眠っている。落合はドギマギして…だが、起こすと悪いので身動きできない。
付き合いだして数週間。何気なく接してはいるものの、寄りかかられてしかも寝こけられたのは初めてだった。落合はちょっぴり相手を盗み見て、そのあどけない寝顔に心を打ちぬかれ、再び身体を硬化させる。
(この体勢、無理…。かわいい、かわい過ぎる…っ‼)
右肩がほんの少し触れているだけだというのに、変に意識しているせいだろうか。落合には、相手の身体が手に取るようにわかってしまう。ところどころ骨ばった、それでいてこちらを頼りきって、無防備に柔らかく弛緩しきった肉体と瑞々しい肌の質感。重く垂れた頭からは、一定間隔で繰り返される呼吸音が聞こえてくる。
結論。
(た…っ、たまんねぇ~…。)
落合がぐっと瞼を閉じている間も、上司はすぅすぅと寝息を漏らしている。ビシッとスーツを着こなす立派な大人と見せかけて、中身は無垢な子供のようだ。どんな夢を見ているのか。時折、小さく頭を揺らして、鼻にかかったような唸りをあげる。落合はそんなはしたない吐息を耳元に吹きかけられ、気が気でない。
(我妻さんの…先輩の吐く息が愛らしい…っ。)
落合は両膝の上に置いた拳を硬く握りしめた。
(…今、顔を覗き込んで唇にキスしたら、先輩絶対顔を真っ赤にして怒るんだろうな。)
我妻の寝息を丸々飲み込むみたいに、口を吸うようにキスしたい。落合の決して叶わない欲求が募る。下唇を舐めあげ、ゆっくりと舌で唇を割って相手の口腔へと侵入し、歯列をなぞり、舌を唾液ごとすすり上げ、思いっきり可愛がってあげたい。荒いキスを繰り返したら、きっと口腔の酸素が足りなくなって、我妻はくらくらするだろう。虚ろな双眸で、落合に許しを乞うかの如く見上げてくるに違いない。
…妄想を膨らませつつ、ごくりと生唾を飲み込む。
艶っぽい我妻の横顔に、ついついその気になってしまいそうだ。
…なんて、落合がぼんやりしていた、矢先。
『~駅、~~駅です。』
「えっ。嘘‼」
突如、落合を現実に引き戻したのは、電車内のアナウンスだった。自分が下りる駅である。
慌てた落合は、隣の上司を叩き起こして、駅に降り立った。
「…ふぅ。危なかった~。」
ほっとする落合に、寝ぼけ眼を擦りつつ上司が確認してくる。
「…なぁ、落合。」
「何ですか、我妻さん。」
「…俺ら、直帰だったよな。」
落合は少し小首を傾げ、頷きを繰り返す。
「ええ。」
「俺とお前ン家、最寄りの駅違うよな??」
「・ ・ ・。」
落合はここでようやく、自分の失態に気がついた。
「え、ええっと…。」
落合は線路を眺める。…そこに電車の姿はすでにない。
「いいよ、もう。…俺も寝こけていたわけだし。」
我妻はふわあ、と大口を開いてアクビをし、年下の男にニッと意地悪な微笑みを浮かべてみせた。
「…とりあえず、次の電車が来るまでお前ン家で休ませてもらうわ。」
えっ、と素っ頓狂な声をあげる落合に、年上の男はふんと鼻を鳴らす。
「…何だ??じゃあ、お前は間違って上司を叩き起こした挙句違う駅で下ろした事実を、どうやってチャラにする気だ??」
「…お、俺の家でよければ…。」
口を一文字に結びたい衝動を飲み込み、落合は折れた。…我妻はそんな年下の男の肩をぽんと叩き、耳元でそっと囁く。
「…おもてなし、期待しているぜ??お~ち~あ~い??」
落合は顔を輝かせた。
「はいッ‼頑張ります‼」
「…酒ぐらい出せって言ったつもりだったんだが。てめぇ、何考えたんだ??」
「ふェ…ッ‼?い、いやだなぁ。ははっ。何も考えてませんって。」
「…う、嘘くせぇ…。」
二人は互いに話しながら、夕闇の中へと消えていった…。
帰り道
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