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カリカリとシャーペンを走らせる音が静かな館内に響く。
隣では有坂が真剣な顔をしてノートと向き合っていて、その横顔をガン見する。
せっかくの放課後デートは何故か勉強会になって、全く面白みもない図書館にいる。
しかもそこら中に『静かに』って張り紙が貼ってあって、有坂とワイワイ話すことも出来ない。
それでもその姿を見てるだけで頭が熱くなって、ぼーっと惚けてしまう。
こんな状態で勉強しろとか絶対無理だ。
しばらく見つめていると、ふと気付いたのか有坂が顔を上げる。
気付くの遅すぎだろ。
こんなにイケメンなのに有坂は俺を見たりしないのか。
「どうした?何か分からないところが…いや、結城にその心配は不要だったか」
「なんでだよ。心配してくれ」
「分からないところがあるのか?」
「ないけど…」
そう返すと、有坂は怪訝そうに俺を見つめる。
有坂は本当に俺の気持ちが分かってない。
もっと俺のことを見て欲しい。
俺の事だけ考えて毎日生活して欲しい。
「…これは、すごいな」
「え?」
ふと有坂が俺のやりかけのノートに目を落とす。
珍しく驚いたようにその表情が固まっているが、ただ形だけでも勉強しとくかと思って数式を書いておいただけだ。
内容は有坂と今年隣の席になれるかどうかの確率で、パターン別に席替えの回数中一度は隣になれる確率や、前後左右にくる確率、近くになる確率、それぞれ席替え方法やシチュエーション別に計算している。
すごいと言われるところがあるとすれば、それを単純な高校数学の確率計算ではなく、より現実的な数値が出るよう大学数学の確率論を用いてやっているところか。
「やはり結城は俺と同じ大学へ行くのは勿体ないと思う」
「…えっ」
突然の言葉に驚く。
何ありえないこと言ってるんだ。
「その歳で結城ほどの学を身につけられる者はそうはいない。目的のない大学で時間を費やすより、少しでも生かせる学校へ進むべきだ」
「い、嫌だ。俺は有坂と一緒じゃないと無理だ」
真剣な顔で言われたが、ふざけんな。
何を言われたって俺は有坂と同じ大学にしか行くつもりはない。
「有坂と同じ大学に行けないなら、俺は勉強なんか出来なくていい」
「何を言っているんだ。学校など違っても互いを思い合う心があれば関係は変わらず――」
「嫌だ、絶対に嫌だっ」
有坂が側にいなかったら、俺はまた一人ぼっちなんだ。
思い合う心とかそんな抽象的なものより、ちゃんと側にいてくれる事実が欲しい。
コホン、と図書館のカウンターから咳払いが聞こえて、ハッと口を噤む。
無意識に声が大きくなっていたらしい。
有坂もそれ以上は何も言わず、再び俺のノートに視線を落とす。
だけどその表情は険しいままだ。
この間から感じていた嫌な心音が、また一つ重みを増していく。
図書館から出ると、冷たい夜風にぶるっと身体を震わせる。
最近暖かくなってきたけど、夜はまだちょっと肌寒い。
「寒いか?風邪を引いてはいけない」
有坂がそう言ってすぐに俺の手を取って引き寄せてくれる。
――優しい。
有坂が変わらずにくれる愛情に、さっきまで不安だった心がじわりと溶かされていく。
俺だって図書館で言った有坂の言葉が、完全に俺を突き放そうとして言った言葉じゃないことくらい分かってる。
有坂なら多分、俺の事を考えての発言なのかもしれない。
だけど俺は有坂と離れるなんて考えられないし、有坂がくれる優しさにたくさん甘えて毎日毎秒可愛がられて生きないと気が済まない。
側にいればこんなにも身体が蕩けるような幸せを貰えるのに、特に目標があるわけでもない別大学に行ってわざわざ離れる必要なんてないだろ。
「…も、もう帰るのか?」
家までの道を送ってもらいながら、そっと隣を見上げる。
結局勉強だけで、何も遊んでない。
それどころか微妙な会話しかしてないし、有坂の側にいられたのはいいけどやっぱりまだ物足りない。
離れたくなくてその腕にしがみ付くと、クスリと有坂が息を漏らす。
「あまり遅い時間に帰したくはないのだが…。そうだな、俺もまだ結城と離れがたい」
そう言って有坂は俺の手を引いて寄り道してくれる。
自然と心が弾んで、笑顔になる。
暖かい飲み物を買って貰って、誰もいない公園のベンチで俺の話を聞いてもらう。
話題はもちろんつまらない進路の話なんかじゃない。
来月には修学旅行があるし、有坂と絶対同じ班になりたいから今のうちに一緒の班と部屋になる約束をしておく。
有坂はさりげなく人気者だし人からの誘いを断ったりしないお人好しだから、先に約束を入れとかないと絶対に「もう他の者と約束をしてしまった」とかなんとか真顔で言われるオチに決まってる。
修学旅行で考えられる最悪な展開のフラグは先にへし折っておく。
「絶対に約束だからな。他の奴に一生のお願いされても命懸けられても絶対に聞くなよ」
「穏やかじゃないな。修学旅行の班決めで命を懸ける理由とはなんだ」
「そこはただの例えだろっ。ともかく俺と絶対に同じ班な」
「分かった」
潔く頷いた有坂の言葉に満足する。
胸を撫でおろしていると、くしゃりと髪を撫でられた。
「…結城は本当に心配性だな。そんなに俺が信用できないか」
有坂が嘘を吐いたり、適当な事を言う奴じゃないことは分かってる。
ちょっと真面目でお人好し過ぎるけど、そんなところも大好きだし、というか全部大好きだ。
有坂は俺の人生で間違いなく一番で、もはや有坂がいるからこそ俺の毎日が成り立っているといってもいい。
――でも、だからこそ。
心の底から失いたくないからこそ、俺は有坂が信用できない。
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