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翌日は穏やかな朝だった。
結局1度も目を覚まさなかった廉は、寝かされた布団の中でうーんと大きく伸びをして、それからころりと隆也の方に寝返りを打った。
「おはよう」
「ああ、おはよ。よく寝たな」
無邪気な様子に微笑みつつ、隆也は優しく廉を撫でる。廉は気持ちよさそうに目を細め、ぎゅうっと隆也に抱き着いた。
ちゅっと軽くキスを交わし、それから布団の上で起き上がる。廉の柔らかな猫毛は、いつにも増して寝癖がついてボサボサで、そんな様子もあどけなくて可愛い。
「ひでぇ寝癖だ」
くくっと笑いつつ、その髪を指ですいて直してやりながら、廉をヒザに抱き寄せる。笑われた廉はちょっとむうっとむくれたものの、すぐに破顔して隆也のヒザに納まった。
手洗いを済ませて部屋に戻ると、女中が布団を片付け、朝食の用意を始めていた。
「わあっ、ご、はんっ」
サンダルをぽいぽいと脱ぎ捨て、部屋に駆け上がる廉。隆也に「こら」と叱られて、サンダルを整えに戻って来るが、またすぐにタタッと駆けて行く。
隆也がゆっくりと部屋に上がると、女中は一瞬ビクッとしたが、こわばった顔をしたものの、丁寧に膳を整えてくれた。
「ご……ごゆっくり、どうぞ」
「ああ」
震える声で挨拶して去って行く女中に、隆也としては特に思うこともない。ああいう態度を取られるのは当たり前の事だし、慣れていた。
廉は女中の様子にきょとんと首をかしげていたが、じきにどうでもよくなったのか、いそいそと座卓の前の座布団に座った。
「うまそ、う」
よだれを垂らさんばかりに、並べられた料理を見つめる廉はいつまで経ってもあどけない。
「いただき、ます」
てちんと手を合わせ、さっそく茶碗を手に取る廉。
座卓に並べられたのは、焼き魚と青菜のおひたし、卵焼きと味噌汁と漬物程度だったが、それでもよそで出される食事はご馳走だ。隆也が穏やかに見守る中、廉は一心に飯をかきこみ、卵焼きに大きな口でかぶりつく。
また隆也にとっても、廉と一緒に向かい合って取る食事は、何よりのご馳走のように思えた。
宿を出るときには、宿屋の主人らしき男が出てきて、深々と頭を下げて来た。見覚えのある顔だったから、きっとあの場にいたのだろう。
「さ、昨晩は……」
震える声で頭を下げられたが、別に礼を言われるようなことはしていない。
「いや、いい宿だった」
横に立つ廉の頭を撫でながら言うと、また深々と頭を下げられる。並んで見送ってくれた宿の男衆たちに、廉がバイバイと手を振るのを見下ろして、隆也はふふっと頬を緩めた。
あの狼藉者たちがどうなったのかは分からない。隆也にとっては興味もなかった。少なくとも顔は見なかったので、早々に立ち去ったのかも知れない。
そんな些事よりも、今は廉との潮干狩りの方が大事だ。
「海! また、行く?」
「ああ。行くぞ」
隆也の返事に、廉が「やったぁ」と両手を上げて飛び跳ねる。分校の誰かの真似だろうか? 無邪気な様子は相変わらずだが、活発なところが増して来て、何をするにも微笑ましい。
宿を出る前に、窓から外を眺めて気付いていたが、海はちょうど引き潮の頃のようだ。昨日よりも波打ち際がずっと遠く、濡れた砂浜が向こうまで続いている。
昨日の午後にはほとんどひと気もなかった砂浜が、今は潮干狩りの客が大勢いて、嘘のように賑わっている。
これだけの人数がひとところに集まっている様子も、廉にとっては珍しい。
「ふおお……」
目と口をぽかんと開け、人でごった返す砂浜を見回す廉。
「ぼうっとしてねーで、オレらも行くぞ」
幼い背中をぽんと押して促すと、廉は「うんっ」と全身でうなずいて、たたっと砂浜を駆け出した。
「こら、遠くに行くな」
廉から目を離さないよう注意しつつ、隆也は背負い袋を背中から下ろす。中から小さな熊手と桶を出してやると、廉はバサバサ砂を蹴り上げながら、元気にこちらに戻ってきた。
「貝! 探してる!」
「ああ、潮干狩りっつーんだ」
「しお、ひがり」
隆也の言葉をたどたどしく繰り返し、熊手と桶を受け取る廉。隆也の手元には何もない。彼にとって、砂浜で貝を掘るのに道具など必要ないし、そこまで熱中することでもなかった。
廉を楽しませるために来たのだから、廉が楽しめればそれでいい。
2人暮らしの山小屋に、たくさんの貝も必要ない。
さっそく足元にしゃがみ込み、熊手で砂を掘り返す廉に、「そこにはいねーだろ」と優しく笑う。
「もっと波の近くに行こう」
隆也が指差す方向には、波が朝の陽光を受けてキラキラと眩しく輝いていた。
潮の引いた後の、遠浅の海岸。濡れた砂浜が遠くまで続き、潮干狩りに興ずる大勢のざわめきが響く。
ここで獲れるのは、アサリやハマグリ、バカガイやマテガイなどが主だろうか?
廉としっかり手を繋ぎ、奥まで歩いて向かいながら、隆也はそっと周りを見回す。砂浜に潜むのは、黙って獲られるだけの貝ばかりではない。
人を痺れさせるクラゲや棘を持つヒトデなどが、波に取り残され、打ち上げられていることもある。
長く生きる鬼としての経験上、それらの危険性も知っていたから、隆也は油断なく廉の足元に注意した。
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