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It's a Berutiful Day
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”It's a Berutiful Day”はフレディが最期に作った曲だ。間近に死期を予感しながらも美しい日々を歌った、、。死の間際まで歌い続けることにすべての力を注いだ彼は、本当に勇敢で素晴らしい男だった。
「ヒャッホ~!!!」
勢いをつけて草原のなだらかな斜面を駆け下りる。数メートル走るとその先はさらに急な斜面になっており、そのまま駆け続けると転がり落ちる可能性があって危険だ。しかし、その急斜面に到達する前に勢い良く地面を蹴るとふわりと宙に飛び出した。
その瞬間、私は思わず目を固くつぶった。
しかし、ロジャーとインストラクターを乗せたハンググライダーは風に乗って滑らかに空に浮かんだ。
「ナイスランディング!」
隣ではしゃいでいるのはディディーだ。下から見上げたロジャーのグライダーはサウスヨークシャーのハンググライダーが数多く飛び交う空を危なげ無くゆっくりと飛んでいた。
私の持っているタブレットにはロジャーのヘルメットに付いているカメラとマイクから送られた映像と音声が聞こえてきた。
「サイコーだぜ!君が見えるぞ、みんな人形みたいだ。」
風の音もかなり大きく怒鳴らないと聞こえないくらいだ。
「おーい!ブライアン、すごい良い眺めだぜ。ヒャッホ~~!!」
空には複数のハンググライダーが飛んでいる。大丈夫だろうか?ぶつからないのだろうか?下からハラハラしながら見ているだけの私だ。
ロジャーのグライダーの前と後、そして横の3ヶ所に小さな飛翔体がある。
つかず離れずまるで繋がっているかのように絶妙の距離を保って飛んでいる。
ロジャーを撮影しているカメラを積んだドローンだ。そのドローンを操作している男は装着したインカムで生意気にも飛んでいるロジャーと会話していた。
「オッケー!ロージー順調だ。」
こいつ、なぜロージーと呼んでいるんだ。
私はディディーを睨んだ。
「睨むなよ。俺だって許した訳じゃない。
あいつが勝手に呼んでるんだ。」
本当に厚かましい奴だ、ロジャーをロージーと呼ぶにはパンチド・ロージー・メンズのメンバーではなければならない。
私は残念と言うか、幸運と言うかメンバーではない。
パンチド・ロージー・メンズとはつまりロジャーに殴られた男達の総称だ。
なぜ殴られたか?ロジャーにキスをしようとして殴られたから。
ロジャーは大学に通っている時も男女問わずにモテた。私の様に女の子と勘違いをして恋する男もいたが、中には男と分かっていながら声をかける輩もいた。ふざけてロジャーをロージーと呼び
「キスしてくれよかわいいロージー。」
とからかって来た。ロジャーはそう言った男達を片っ端から殴り飛ばして行ったが。
中には何度も繰り返し殴られる奴がいて、そいつらはパンチド・ロージーに殴られるためにロジャーにキスを迫っている。と評判になった。やがて誰ともなくロジャーに殴られた男たちを”パンチド・ロージー・メンズ”と呼び、いつか”パンチド・ロージー・メンズ・クラブ”になった。
そのメンバーだけがロジャーを”ロージー”と呼べる。
ディディーもティムもメンバーだ。
この二人は評判を聞いて後から遊び半分でロジャーにキスをしかけた。
だけど本気で殴られたメンバーだ。
しかし、彼らはロジャーを”ロージー”と呼べることに誇りを持っている。
メンバーでないやつらが”ロージー”呼ばわりすると彼らがその男を袋叩きにしていた。
「嘆かわしい。”PRMC”のメンバーともあろう者が、あんな若造にロジャーを”ロージー”と呼ばせているのか?」
私が冷たい目でディディーを見ると
「仕方ないだろ。
いきなりぶん殴るわけにもいかないし。」
「だいたい何であんないい加減そうな男を連れて来たんだ?」
その男は現在売れっ子のドローンカメラマンなのだそうだ。
ディディーがロジャーのMV撮影のために連れて来た。当初はMVの撮影にも乗り気でなかったロジャーだが自分の屋敷や森を上空から撮影したドローンの映像を見て大いに喜んで気に入ったらしい。、、私がジャパンに行っている間に撮影を始めて、撮り進めるそのうちに、、、、
そのカナダ人のカメラマンがロジャーに対して興味を示し始め、どんどん好意を露にして来たそうだ。あまりにも図々しくロジャーに接するのでついにはディディーも警戒して
「あんまり馴れ馴れしくするんじゃない!」
と注意したら
「何堅苦しいこと言ってるんだよ、おっさん。」
と軽くおっさん呼ばわりされていなされてしまった。あげくは
「ロジャー、俺と付き合わないか?」
とまで言い出した。さすがにロジャーは笑って取り合わなかったそうだが。ディディーとジェイムズはそのカメラマンをロジャーに近づけないようになんとか苦心したらしい。しかしカメラマンは二人の警戒網を突破してひょいひょいとロジャーのそばに顔を出してはコナを掛けていると言う。
私が今日、ロジャーの肩を抱いて現れると、、。
「あんたがブライアン、、?」
とあからさまに敵意をむき出して来た。
「ロージーは何であんたみたいなじいさんを相手にしてるんだ?」
とロジャーには聞こえない位置から私に向かって言って来る。
「君の様な若造がなぜMrセイラーに構うんだ。彼の財産が目的か?」
私も思い切り不快感を顔に浮かべて若いカメラマンに詰め寄った。
「何言ってんだじいさん。俺は超がつく人気のカメラマンなんだ。」
彼は自分の手足の様にドローンを操りながら、私を小ばかにした発言をした。
「金なんかいくらでも稼げる。女でも男でも相手には困っていない。」
ではその男でも女でも困らないやつを相手にしていろ。と切り捨てると、、、
「ロージーは違う。普通のやつじゃない。あんなやつ初めて会った!」
困ったものだ。
最近のロジャーはどうにも片っ端から人をひきつけて回っているらしい。
「マジでヤバイぜ。ロージーのやつ、あんたと相思相愛になってからやたらキラキラしてさ。なんか訳の分からない色気まで出てきてるんだよな。
おかげで周りがザワツイてどいつもこいつも落ち着きがないったら。」
ディディーは聞き捨てならない事を言う。
「レイ。しっかりロージーを掴まえておけよ。うっかりしてたら誰かに言い寄られるぞ。」
まあ、ロージーは相手にしないけどな。とも言い添えるのを忘れない。
頭上を大きく旋回していたロジャー達のグライダーはやがて方向を変えると着地点に向かって飛び始めた。
「そろそろ着地点に向かうぞ!」
とロジャーからも通信が入り。
カメラマンを乗せたワゴンと私とディディーが乗ったジープもそちらへ向かって走り出した。風向きも問題なく初心者クラスという事もあり難なくロジャー達は予定した地点に向かってる。
ドローンのカメラマンは流石に着地の瞬間を撮り逃す事がないように先回りするとタッチダウンポイントに向かって落下してくるグライダーとロジャーを前面から待ち構えていた。
徐々に高度を下げて着地点に向かって降りてくる、、、。
風は強い、大丈夫なのか?
私はまたもやハラハラ見守ることしかできない。
しかしロジャー達は軽やかにタッチダウンポイントに降り立った。
少々の助走を加えてカイトを落ち着かせたインストラクターはロジャーをかばうように体を傾けてカイトの重量を自身の体で受け止めた。
「ナイス!タッチダウン!ロージー!」
またあのカメラマンだ。
「いいのか?」
私はディディーにつぶやき問うた。
「良い訳ないだろ。だけどロージーがあいつを気に入ってるんだ。」
苦々しくその言葉を受け止める。
昨夜、ハンググライダーに乗れる興奮とともにドローンカメラマンの撮影技術のすばらしさを、いやになるほど聞かされた。
「すごいんだ!まるで自分が空を飛んでる気分になるんだ。
本当に、木の天辺をさ、すれすれで飛ぶんだぜ。
体を木の葉がかすめて行く感覚まで感じるくらいだ。
鳥になった気持ちって、ああ言うんだろうなあ。もうワクワクするぜ。」
子供のようにはしゃぐ彼を見ていたら、少しでも生きている喜びを感じてくれるのはいいことだ。とそのときは素直に思っていた。
しかし、とんでもないおまけがくっついていたとは!
車を降りてロジャーたちの元へ向かう、
カメラマンはドローンの操縦に忙しくてまだ動けていない。
しかし、新たな面倒が発生しそうだ。
ハンググライダーのインストラクターが何やら親しげにロジャーに語りかけている。
まだ若い男のその表情を見て私は(こいつもか、、、。)と感じた。
グライダーと体をつなぐベルトを外しながらロジャーと話してるその男は頬を紅潮させて内側から沸いてくる熱い思いを顔に浮かべていた。
近づくと
「すごく筋がいいですよ。
もう一度飛ぶ時もぜひ僕と飛びましょう。」
などとアプローチしている。
「ロジャー!大丈夫か?」
私は大声で叫びながら彼の元へ走った。
風が強い。気温もやや低めだ。上空はもっと寒かっただろう。
「ブライアン!見てたか?
俺、なかなかのランディングだっただろう?」
私に向かって大きく両手を広げて抱きついてくる。
強く抱き返した。
インストラクターが複雑そうな表情を浮かべているが、ここはしっかりお前はただの脇役だと思い知らせておかなければ。
「ああ、素晴らしかったよ。
おっこちないかハラハラしたけど、、。」
さすがにキスはしなかったが頭を抱いて頬と頬を合わせて親密振りをアピールする。
「風がすごくて圧力を感じたよ!
鳥っていつもあんな風圧を跳ね返して飛んでるのかな?
ああ、気持ちよかった。もう一度飛びたい!一回だけなんていやだ。
もう一度飛ぶぞ!ハリソン。」
興奮を抑えきれずそのままにハリソンに許可を求めるように見返った。
強い風にボサボサ頭をいっそう乱しながら無愛想さだけはかわらずに
「連続はダメです。
休憩して心拍数と血圧が落ち着いてからじゃないと、、。」
「平気だ!すぐ飛ばないと天候が変わったらどうするんだ。なあ。」
とこれはインストラクターに同意を求める。
私はその男をギロリと睨んだ。
一瞬口を開きかけたその男は、あいまいな笑みを浮かべて黙った。
「天候は予報によると、これから風が強くなります。
午後の方がもう少し落ち着いてきますから食事をして休憩を取って、
もう一度ランディングしたらいいでしょう。」
ハリソンは落ち着いて天気図や予報情報を調べながらロジャーをあしらっている。
そこへ件のドローンカメラマンが割り込んできた。
「サイコーなショットが撮れたぜ!」
とその場の空気を読もうとせずにロジャーに近づいて来た。
「おいロージー!これを見ろよ。君が、、、。お、、何だよ?」
図々しくもロジャーの首に腕を回そうと手を伸ばしてきたが、すかさず私はその腕をつかむと、ロジャーと彼の間に立ちはだかった。
「君は彼を”ロージー”と呼ぶ権利はない。
Mrセイラーと呼びたまえ。」
厳しく言い放った。カメラマンはむっとした表情で
「おい!ロージー何だよ。こいつ。」
私を”こいつ”呼ばわりしたことでロジャーの態度がカメラマンに対して一変した。
「ゲイリー。」
それがこのカメラマンの名前か。しかし覚える気はない。
「俺と仕事をしたいなら、Drレイの言うことを聞くんだな。」
ロジャーは生意気なカメラマンにその言葉を投げつけると私を誘って車の方に向かって歩き出した。
「ムービーはPCに送ってくれ。」
呆然とするカメラマンに、一応言い添えておいた。
「いいのか?あの男を気に入ってるんだろう?」
「俺が気に入ってるのはドローンから撮影したムービーだ。
ゲイリーを気に入っているわけじゃない。」
私の傲慢な帝王、君は最高に気高くて魅力的だ。
彼の体にブランケットを巻きつけながら、オープンなジープではなくジェイムズがお茶を用意しているリムジンに乗り込んだ。これで周りを気にせずにキスができる。彼の冷たい頬を両手で掬って軽く口づけると
「唇まで冷えてるぞ、お茶を飲んで。」
「スコッチの方がいい。」
相変わらずだ。いつもならば取り合わないが
「では少しだけブランデーを入れて、ジンジャーティーにしよう。」
ジェイムズは心得て熱いジンジャーティーにブランデーを少しだけ注ぐ。
ティーカップではなく大き目のマグカップで両手を温める様に少しずつ飲ませると、彼の冷たかった頬が少し赤らんで来た。
私は濃い目のコーヒーを飲んだ。
ジェイムズは外のスタッフにコーヒーを振舞うために車を出た。
ジンジャーの味のする彼の唇を堪能した後
「鳥になった気分はどうだ?」
「ははは、神の眺望というか?
鳥ってのはいつもあんな風に世界を見てるのか?
なんて言うか俺たちの日常って狭いんだなあ。って思ったよ。」
哲学者の様なことを言ってみせる。
「だけど本当に風がすごくて、、
顔とかすごくビュンビュン風が吹き付けてくるから、、
ゴーグルを付けていても目を開けてるのも必死だったぜ。
こう、体が全部後ろに引っ張られてるって感じ?」
とにかく面白かったよ。と、楽しげに語ってくれる。
やがてカメラマンがムービーをタブレットに送信して、二人でそれを見る。
「ああ、俺なんか映さずに景色を映せって言ってるのに。」
ロジャーは文句を言ったが、確かに撮影技術は優れていた。
まるでグライダーにカメラを装着して撮影したかのように
ブレのない美しい映像だった。
しかしロジャーは自分を映しているものには興味を示さない。
自分がヘルメットに付けていたカメラのムービーばかりをみて、
はしゃいだ様子で上空で見た物、感じたことを私に語ってくれた。
その時ジェイムズがドアをノックして
「だんな様、スタインバーグさんがお話があると申しております。」
「電話しろと言ってくれ。」
ロジャーは素っ気無かった。
やがて彼の携帯に着信がある。
「なんだ?、、、ああ、もういい。
俺は映さなくていいと言っただろう。
他のグライダーや景色を撮影するんだ。
午後は俺に付いてなくていい。助手に?
かまわん。君は帰っていい。」
カメラマンはまだ何か叫んでいるようだったが、
かまわずにロジャーは通信を切った。
私を”こいつ”呼ばわりした途端にロジャーの寵愛は薄れたようだ。
気の毒だが、謙虚という言葉を学ばなかったあいつが悪い。
しかし、あのインストラクターもどうもロジャーに好意を抱いていたようだが、、。
ハリソンが車に乗り込んで来てロジャーの検診をする。
「血中酸素濃度が下がっています。酸素マスクを使ってください。」
「いやだ。」
「では午後からのランディングは許可できません。」
最近はハリソンの方が上手だ。
ロジャーの顔色を見ないハリソンは事実と結果だけでロジャーを操る。
忖度も遠慮もない、機嫌も取らない。ただ無骨な愛情だけだ。
私は宥めすかしてロジャーに酸素マスクを付けさせた。
大きく動く彼の胸を確認して椅子を倒して体が楽に休めるようにしてやる。
「君も一緒に飛べたらよかったのに、、。」
私の手を握りながら言ってくる。
「残念ながら高いところが苦手でね。」
私は許可が出なかった。ドクターストップだ。
「そんなに背が高いのに、、?」
ロジャーのおでこを指で突いた。一緒に笑いあえる幸せ。
酸素マスクをしようが心電計を取り付けられようが、一緒に語り、一緒に笑い、一緒に泣いて、、そんな彼との時間がただただ愛しい。
少し休んだ後、ロジャーは外に出たいと言い出した。
風は強くなり雲が沸き立ってあたりの景色は一変した。
草や木々の枝がしなり、木の葉が舞い散る。
おりしも深まる秋にススキの穂や遠くの畑の小麦たちがまるで波のようにうねりながら踊っていた。風に吹かれながらロジャーは遠く流れる雲を見る。
サングラスをかけた彼の表情は分からないが、故郷のコーンウォールを思い出しているのだろうか?
それとも今まで歩んできた道のりを振り返っているんだろうか?
「美しいな、、、。なんて美しい日だ。」
彼の肩を抱きながら
「ああ。」
答えたが景色なんて目に入らない。誰が見ていてもいいからキスがしたい。
「景色なんか見てないんじゃないか?」
「君しか目に入らないんだ。」
「まったく困ったアストロノーマーだな。」
もう誰に見られても構わない。ロジャーの唇は私だけのものだ。
このごろのロジャーは落ち着いていた。
しかし、脊髄に転移した癌は着実に彼を蝕んでいるらしく背中の痛みを感じることも多くなってきた。
彼に投与した免疫ピンポイント阻害薬は功を奏しているのか?
相変わらず検査を嫌うロジャーでは、血液検査と問診くらいしか状態を測ることができない。ジャパンで採ったMRIの画像を何度も見ながら、キャンベルと額をつき合わせて唸るしかない現在だった。
痛み止めの緩和療法を始め様にも当のロジャーが取りあわない。
「痛みがあるんじゃないか?」
「たいしたことはない。
このくらい俺がぶん殴ったやつらの方が痛かったんじゃないか?」
なんでもない風を装うので、ついごまかされてしまう。
大学で生物学を学んだロジャーはドラッグに対して神経質なほどに拒否感を示した。
華やかで派手なロックスターとして、誰もが典型的な放埓で享楽的人間と思われていたロジャーだったが、しかし決してドラッグには手を出さなかった。
自分の共感覚者としての能力にも影響を及ぼすことも恐れていた。
(フレディは逆だった。おそらく明言はしなかったが、彼は人の感情も色で見えたのだろう。鋭敏すぎる感覚を鈍らせる為に、彼はコカインなどのドラッグに走っていた。)
鎮痛薬として末期的患者にモルヒネが使われることにもロジャーは激しい拒否をしめした。抗がん剤に異常な反応を見せる自身の体にも警戒感を持っているようだ。
時折脂汗を滲ませてじっと何かに耐えるようにしている時があると。
「大丈夫か?」
つい、心配して声をかけると
「ヤろうぜ、、、。」
悩ましい目つきをして誘って来る。
あれ以来、ロジャーの方から私を誘惑して来る。私としては一度、本懐を遂げたのでもうあれ以上は望んではいなかった。
しかし、消えたはずの熾火に再び火がついたのか、、ロジャーは事あるごとに私に挑んで来た。
さすがに若い者には負けない!と思っていたが。実をと言えば若いころから淡白で、今更絶倫を誇る気もないのだけれども、、。
妖しい青い瞳を光らせながら舌なめずりするように迫ってこられると老いらくの身ながらも思わぬ情熱の炎にあぶられて、つい応えてしまう。
「ああ、ブライアン、、、もっと激しくヤってくれ、、。」
熱い息を吐きながらピンク色の目元で私の上で悶えてみせる、、。
最後には
「殺してくれ、、、」
と呻きながら意識を失う、、。飽くなき要求で迫りながら頂点に達すると
あっさり失神してみせるロジャーに翻弄されるばかりだ。
彼は痛みがひどくて耐え切れないと私にSEXを挑んで来る。
「痛みなんか、、忘れさせてくれ、、。」
そう言っていた。あの時。
私との行為でロジャーの痛みが少しでも和らげるならばいくらでも応じたい。体力の続く限り、、、。
今も、意識の無いロジャーを抱いて風呂に入れる。
どうやら風呂に入って体が温まると痛みも和らぐようだ。
痛み→SEX→失神→風呂、が彼の現在の緩和コースだ。
もっとも一日中SEXもしていられない。
「ナイチンゲール」のデモが完成した。
驚くべきはザックによるロジャーの熱血指導でロジャーのチェロの腕前が格段に上がっていたことだった。
「あいつ、教える時はスパルタなんだ。」
苦々しい顔をして言う。
「俺にべた惚れしてるくせにチェロを教える時は容赦ないんだぜ。
何回、弓で腕をたたかれたと思う?」
「たいへんだったな。でも、その成果はあるよ。」
ロジャーは死期が迫っている。
いまさらチェロの腕を磨いた所でチェロ奏者として活躍するでもなし、それをここまで叩き上げたザックの指導もすごいのだが、病に甘えずに教えに答えたロジャーもかなりのものだと、強く感じる。
それにしても見事なアレンジだ。
「前半と後半でヴィオラとチェロで弾き分けたのか?」
「おれはザックに全部チェロで弾いてくれ。
って言ったんだがあいつがどうしても後半はヴィオラがいい。
て言い張ってさ。」
結局は前半のチェロもロジャーに弾かせたと言う。さすが”天才”と評されるだけのことはあるザックだ。
アレンジの感覚もなかなかのものだ。
私はそこへ電子音で低音を入れた、皇帝に忍び寄る運命の足音のような低い打撃音。ドラムやベースでなく電子音で作った音。
合間に細かなストリングスを入れて、全体が重くなりすぎないようにした。
ロジャーはじっと聞き入っていたが、、、
「何かが足りない、、、もう一味ほしいな、、。」
「もう一味?」
「きれいにまとまり過ぎている、、?う〜ん。」
頭を捻り何度も曲を聞く。
と、廻りを見回し始めた。何かを探すように。
ギターを取り上げると電源を入れてアンプに繋げる。
ボリュームを上げてアンプに近づけた。
キィーンとハウリングが鳴って思わす耳を塞ぐ。
「ハウリング?」
「と言うか、、、ノイズ、、、?」
なるほど、、もう少しいろいろ試してみよう。と一旦置く。
急がなかった。一曲についても幾つものバージョンを作った。
ここまで来ると完成を急ぐと言うよりも、むしろ完成させるのが怖い。
すべてが終わってロジャーが満足してしまうと、そこで力尽きてしまいそうで、、、私は次々とさまざまなバージョンを作った。
ピアノ中心のバージョン、ヴォーカルの入ったバージョン。
いつまでもいつまでも、飽くことを知らずスタジオで作業を続けた。
「ジョンを呼ぼう。」
「また?きっと文句を言うぞ。」
「言うだけですむのならば言わせればいい。」
「クリスマスにチャリティをやろう。」
「クリスマス、、?」
「そうだ、君とジョンでやっていただろう。」
今度は何を考えているのか?と言った表情のロジャー。
「もう、あれはルーカス達に任せたよ。
第一、12月にライブができるか分からない。」
「大丈夫だ、一曲でいい。レジーナとして。」
先に目的を持たせる。クリスマスが過ぎたらニューイヤー。
そしてイースター、そして、、、、。
ザックからも曲が完成したと言って来た。
その曲を聴いて、、、。
「これは、、、、?」
ジャパンで二人が演奏した時は、
ロジャーの出だしのパートをピアノで弾いていた。
私がジャパンでぐずぐずしていた間に二人で録音したと言うその曲は
「ウッドベース?、、、いや、ドラムマシーン、、、?」
ロジャーは、さあ当ててみろ。という表情で面白そうに見ている。
「まさか、、、?」
「コンガさ。」
「コンガ、、!音階を付けたのか?」
驚いた、アルペジオをコンガでやっている?
「おもしろかったぜ、18個のコンガを
全部チューニングして音を分けて叩いたんだ。
最初はスティールパンでやろうと思ったけど、
音のイメージが違ってさ。
いろいろ試したぜ。鍋やツボまで叩いたよ。」
面白そうに笑う。確かに見事だ。
今の時代、コンピューターを使えば何でもできる。
シンセならばキーボードで弾いたアルペジオをコンガの音に変換できるだろう。
だけど、ロジャーは実際のコンガの音を求めた。
丁寧で贅沢な音作りだ。
”The shape of love”と言うタイトルになったかつての”beans love”は、確かに愛としてのひとつの形を見事に表現していた。
「悔しいな。」
私は、そこまで力を入れて曲を作り上げたロジャーの情熱を羨んだ。
「私の曲でもやってほしかった。」
「こう言うのは、あまりあちこちでやったら面白くないから、、、、
それに君の曲ではちゃんとドラムを入れただろう。」
私は彼の腰に手を回して抱き寄せた。
コンガと言えば思い出す曲がある。あの、、、フレディ最期のMVの、、。
「なあ、覚えてるか?」
あの曲のことをロジャーも思い出しているのか、
「君とティムと初めて会った日に、、。」
ロジャーは違う思い出を話し始めた。初めて会った日?
「大学のカフェで話をして意気投合してさ、、
それから俺が居候してるフラットへ3人で行ったろ。
そこで俺のコンガと君のギターで合わせて遊んだじゃないか。」
ものすごく懐かしい話だ。忘れかけていた。でもそうだった思い出した。
「そうだったな。忘れていたよ。」
「俺も忘れていた、でも、コンガを叩いていたら思い出してさ。」
あの時、出会ってさ。ティムと君と俺と、、、三人が、、、
三人とも死に掛かったよな。
さもおかしそうに笑ってみせる。ティムは肝臓癌で、ロジャーも肺。
私はご丁寧にジャパンに行って心臓発作を起こして、、、
三人とも仲良くあの世行き寸前だ。
「ははははははは。もう、笑っちゃうよな。」
私も笑った。
「もう一度バンドを組もうか?
バンド名は”Miles to heaven”って。」
「サイコーだな。ぜひやろうぜ。」
ひとしきり笑って、
「楽しかった。君たちと出会って、、
おもちゃみたいなコンガだったけど。」
「ロジャー。」
もう一度彼を抱きしめる。
「ブライアン俺は幸せだ、、。
こんなに幸せでいいのか?ってくらい幸せだ。」
「私もだよロジャー。もう一度君をこうして抱きしめることができて、
そして君と新しい曲を作って、、。」
ロジャーを抱いてその唇を味わう。またシャンパンの匂いがする。
髪からはシャンプーの匂い。私が洗ってやった。
白い首筋も丁寧に洗った。
「いい気分なんだ。今日はすごく。」
晴れ晴れと私を見上げるロジャー。
本当にきらきらとした輝きが彼を包んでいる。
そうだ、体調が良くなって気持ちが晴れれば生きる希望も沸いて来るだろう。やはり音楽だ。いい曲ができれば彼もうれしいだろう。
もっともっといい曲を作りたくなって、、、。
「だから、、、だから、、ブライアン。今死にたい、、、!」
「、、、、、、、、、、。」
「ブライアン、今は奇跡みたいにどこも痛くない。苦しくもない。
シャンパンは旨いし、、曲は最高の仕上がりだ。
どこもかしこも、、、いいんだ、、。
とにかく。君がいて。。抱きしめてくれて。キスしてくれて、、。
愛してるといってくれて、、、最高に気分がいい。だから
今だ!今、、、今、死にたい。今、死なせてくれ。」
私は、、、、私は、、、、。
ロジャーは私の手を取った、
そしてその手を彼の首に持って行った。
期待に満ちた瞳で私を見上げる。
煌いていた。青い青い瞳。
まるで深い海の底の様に覗き込むとその瞳の海に飲み込まれてしまいそうな、、。
私の両手は震えた、、言葉が出ない。
何も考えられない。ロジャーの首に回された私の両手。
老いて節くれだってやせた指、彼のくれたプラチナにダイアモンドが光る指輪が不似合いな、、。
「ブライアン、、、。」
「、、、、ロジャー、、、愛している、、、。」
「俺もだ、、、、、。さあ、、。」
その両手に力を入れそうになる。彼の瞳が煌いて私を誘う。
さあ、力を入れろ。ほんの一瞬ですむ。わなわなと震えながら、言葉を捜した。
「だめだ、、、、」
「、、、ブライアン、、、頼む、、、お願いだ、、。」
ロジャーは蕩ける様な目をした。
私の首に腕を回して唇を近づけて来る。
口付けて、、そしてそのまま私の耳元に唇を寄せてささやく、、。
「この幸せな瞬間に、、、死なせてくれ、、。」
そうなのか?ロジャーは本当に死にたいのか?
今、苦しみのない今、やすらかなまま死なせてやることが優しさなのか?
いずれは苦しみのた打ち回って死を迎える日が来る。
痩せさらばえて呼吸もできずに体中を痛みに襲われながら絶望して死んで行くよりも、、、今、彼の言うように喜びを感じたまま死ぬ方が彼には幸せなのか?
「ロジャー、、、。だめだ、、、!」
絞り出す様に必死で否定の言葉を出した。
「だめだ、、、ロジャー!生きるんだ。」
腕の中の体が力が抜けていくのを感じた。
「ロジャー!」
黙ったまま、、、肩を落として、私から体を離す。
その眼差しには深い失望の色が浮かんでいた。
「ロジャー!希望を捨ててはいけない。まだ手立てはある。」
彼の瞳はさっきまでの煌きは消え、くすんでいる、、、。
そして目を閉じた。
「ロジャー。」
一歩彼に近づくと、私を拒絶する様に一歩後ろに下がった。
「手術をしよう。骨髄に転移した癌を手術で取り除く方法がある。
大丈夫だ、手術した後も寝たきりにもならずにちゃんと元気で、仕事もできている例があるそうだ。」
必死に彼を説得しようとした。
しかし何も言わずにロジャーはスタジオから出て行った。
知らないうちに外は暗くなり深い霧が出ていた。
「ロジャー!」
あまり走れないはずなのに、ロジャーの方が先に部屋に戻った。
窓の鍵をかけたのか開かない。窓を叩いて叫ぶ!
「ロジャー!明けろ。」
ガンガンと窓を叩く、ガラスが割れてもいいと思うのにさすがにビクともしない。
ジェイムズ、いやメディカルルームの方が近い。
メディカルルームに電話をすると当直の医師が出た。
「ロジャーの部屋に行け!見張っておくんだ!何をするか分からん。」
ロジャーが部屋にいるのかどうかも分からない。
「ジェイムズ!」
エントランスに回りこみながらジェイムズに電話して部屋の入り口を見張らせる。
「Drレイ!」
エントランスから出て行こうとしていたロジャーをジェイムズが止めようとしている。ロジャーは私を見て忌々しそうな顔をした。
私がいつまでも窓を叩いていると思ったのか?
その勢いのままロジャーは私に殴りかかってきた。
後ろからジェイムズが止めようと羽交い絞めにしかかったが、私はあえて彼に殴られた。
だけど、、、力の入らないこぶしだった。そのまま彼を抱きしめる。
「くそ、、、、。」
「だいじょうぶだ、、、。ジェイムズありがとう。」
引きずるようにロジャーを部屋に連れ戻す。
抱きしめて、、何も言わずに、、、。
「いい子だ、、。」
彼の髪をなでる、、。
「俺にこれ以上苦しんで死ねと言うのか、、、。」
「ロジャー、、、きっと方法がある、、。」
「息もできない地獄の苦しみを味わいながら、最期まで悶え苦しんで死ねと、、。」
「抱いている、私がずうっと抱いている、、。君が死んだら私も死ぬ。」
私の胸を叩く。
「くそ、、、。」
「殴りたければ殴ればいい。私の首を絞めてもいい。」
「くそ、くそ!殺してやる!」
「いいとも、君に殺されるなら本望だ。」
卑怯な方法だが、ロジャーを抱き潰しにかかった。
女が荒れた時の男の常套手段だ。すぐにその意図に気付いて抵抗した。
しかし、両腕をまとめて頭上で押さえ込み弱点の耳を噛んで息を吹きかけると体が震えた。
「くそ!ずるいぞ」
今度ばかりは上から攻める。腹を蹴られない様にロジャーの両足の間に自分の足を割り込ませて片手で彼のベルトを外した。
「このヒヒ爺、やることはそれしかないのか?俺をぶん殴るぐらいしてみろよ!」
もう悪態をつくしかできることはない!とばかりに罵詈雑言を投げかけて来る。
首筋を強く吸ってなめ上げるとどうしようもなくロジャーの体は慣れた愛撫に波打って熱い息を吐いた。ここまで来ると本気で湧き上がって来る欲望にロジャーの唇に口付けると。
ガリッ!と衝撃が走った。
思わず自分の口元を押さえたがポタポタッと赤い血液がロジャーの顔の上に落ちた。
自分で噛み付いておきながら私の流血に怯んだのはロジャーの方だった。
「、、すまん。、、、大丈夫、、か?」
慌てた顔で私の口元から流れる血を抑えようと首元に巻いていたストールを差し出してきた。
しかし、そんなロジャーにかまわずにもう一度口付けた。
あふれ出る血がロジャーの顔を汚すのも気にせずに。
彼は大量の血を吐いた日から白い服を着なくなった。
喀血しても目立たない様にダークブラウンや臙脂色や黒などの色濃い服を選んでいたが途中で面倒になったのか毎日、喪服のように黒い服ばかりを着る様になった。だからもう彼の服やシーツが血で汚れるのもかまわない。
「ブライアン、、、。血が、、、。」
「こんなもの、、。」
上の空のロジャーのスラックスに指を差し入れて尻の肉をもみしだく。
例によって私の高ぶりを、彼の股間に押し付けて、、、、、。
と、ここで私は力尽きた、、、。
「、、、、、はあ、、、だめだ、、、。」
脱力してゴロリとロジャーの横に仰向けに転がった。
息が上がって大きく胸を上下させて呼吸を整えないと苦しい。
ロジャーはそんな私を心配そうに覗き込む。
自分のストールで私の唇の傷を抑えた。
「痛っ!」
改めてビリッとした痛みを感じて声が出た。
ビクリと手を止めたロジャーの指をつかんで私の口元に引き寄せる。
「なめてくれ、、、。」
甘えたようにねだってみせる。
やれやれ、と言った表情で私の唇に顔を寄せて来た。
その頭を抱き寄せて口付けると頭を抱いたまま二人して静かに横たわった。
「駄目だな。すっかり体力が落ちてしまった。」
「ヒヒ爺も寄る年波に勝てないか?」
おかしそうに冷やかして来る。
今まではジムに通ったりここではルーカスの住む西翼にあるトレーニングルームで汗を流して運動をしていたが、心臓発作を起こしてからは庭や森を軽く散歩する程度だった。そろそろ運動を再開してもいいだろう。
「タンゴでも踊るか?」
「ああ、あれも結構な運動になるな。」
ロジャーの冷やかしのアイデアに乗ってみる。
「俺たち何をしてたんだっけ?」
「さあ、、、、。愛し合ってたさ。」
「そうだな、、、、。」
ロジャーを抱いたまま横たわって、、
「ロジャー、、、結婚式を挙げよう。」
「何だって?」
「二人だけでいい、教会じゃなくてもいい。
いや、誰か立ち会ってもらおう。
二人で誓いの言葉を言い合うだけでいいんだ。」
「じゃ、今ここで言おうか?ジェイムズを呼んで。」
ロジャーはあまり乗り気ではなさそうだ。
「聞いてくれ、、、、結婚式を挙げて、、クリスマスのチャリティライヴをやったら、、二人でモントルーに行こう。」
「モントルー、、、?」
そうだ、私達には第二の故郷とも言うべきスイスのモントルー。
思い出深い、、私達の私有の録音スタジオがあった。
最後までフレディが歌を録音した。
そして私とロジャーがただ一度だけ抱き合ったあの夜。
あの湖、、、白鳥が浮かんでいた。
「あの湖へ、、、。」
最後までは語らなかった。
「モントルーで二人だけで暮らそう、、、。
誰も邪魔をさせない。」
ロジャーは何も言わなかった。ただ強く私を抱きしめた。
その男はやって来た。
私たちより若いくせに見事に禿げ上がった頭をツイードのハンチングで隠してのんびりした風情は昔から変わらない。
腹が立つのはロジャーがわざわざエントランスまで出迎えに出たことだ。
「ジョン!」
ロジャーは車から降りたジョンをハグするためにうれしそうに両手を広げた。11月の冷たい風の中であまり長く外に出していたくない私は二人の再会のセレモニーを苦々しく見ていた。
「ロジャー!そろそろいいだろう。中へ入るんだ。」
腕組みをしてしかめっ面でいつまでも抱き合って笑いあう二人にNGを出した。
「やあ!久しぶりだね。何十年ぶりかな?」
ぬけぬけと言ってみせる。そっちが私を徹底的に避けていたくせに。
「ふん。」
私は儀礼的に握手さえしなかった。
ロジャーの肩を抱くと奪い取るようにエントランスから中に入った。
「ブライアン、せっかく来てくれたんだぜ。もっと歓迎しろよ。」
私はリビングのソファにどっかと座った。
「ようこそ、遠路はるばる。」
「遠路ってほどでもないけどね。」
ジェイムズは定番となったドンペリゴールドを注いで回った。
「生き返った気分はどうだい?」
ジャパンでの私のハートアタックを知っている。
「ゾンビとしては人生を謳歌してるさ、熱烈な恋もしてるしね。」
「先日は君の要請で、ひ孫や畑の世話をほったらかしてやって来たんだぜ。
少しは感謝されてもいいんじゃないかな?」
ジョンは何十年経っても変わらない柔和な表情で皮肉を言った。
こう言う奴だった、シャイで謙虚だと言いいながら人が言われたくない核心を突いた一言をぐさりと言う。
「君の懐も大いに潤っただろう。ロジャーと私がせっせと働いたおかげで”レジーナ”の過去のCDやDVDが売れて、君の取り分も増えたはずだ。」
ジョンは1997年に音楽業界から引退を表明してから一切表舞台には現れなかった。
だけど”レジーナ”の後半のアルバムのクレジットはメンバー全員に均等に分けられる様にしていた。
だから私とロジャーが”レジーナ”を続けて昔の曲とは言えCDが売れれば4分の1はジョンに収益が入っていたのだ。
「映画から以降のCDやその他の収益は全部、ユニセフや慈善団体に寄付することに同意しただろう。」
「君が50代にもならないうちに引退して何もせずに安穏と暮らしていけたのは、私とロジャーがせっせとレジーナを売り込んで活動したおかげだぞ。」
私は今まで心のうちに潜めていた言葉を語った。本心だった。
「別に僕は”レジーナ”の分け前をほしいなんて、全然、思ってなかったんだけどね。」
「それならば、、、」
「まあ、いいじゃないか?そのへんにしろよ。
喧嘩させる為にジョンを呼んだ訳じゃないだろ。」
ロジャーが剣呑な私を宥めようとする、
レジーナで現役だったころは私とロジャーが言い争って、フレディかジョンがなだめる。というパターンだったが。
言ってやりたいことは山の様にあったが、それをいちいち述べ立てていても時間の無駄だ。
「クリスマスにチャリティライヴをやる。」
「クリスマス?」
ジョンはクリスマスが何であるのか知らない様な反応をした。
「惚けなくていい。
一昨年まで君とロジャーが教会のミサでやっていただろう。」
ロジャーは何も言わない、黙って成り行きを見ている。
「ぼくはリウマチなんだよ。もう、あれは子供達に任せたんだ。」
「一曲くらいならできるだろう。」
「一曲ね。何の曲をやる?」
そこまでは考えてなかった。
過去のレジーナの曲かロジャーの新曲か?
「アヴェ・マリアをやろう。」
ジョンから言い出した。
「クリスマスチャリティならアヴェ・マリアだろう。なあ、ロジャー?」
「ああ、そうだな。」
ロジャーも同意した。
「カッチーニ?」
確認する。
「いや”エレンの歌”。」
「ああ。」
そうだ、一般的にロジャーのアヴェ・マリアと言えば”エレン”だった。
1983年イビサの別荘でドミニクのバースデーを祝うためにロジャーが子供達を巻き込んでアヴェ・マリアを歌った。
その時ドミニクはいつまでも止まないロジャーの浮気にとうとう愛想を尽かし始めていた。ロジャーは姉の様にドミニクを頼りにしていたが、彼も女遊びがやめられず二人の間は壊れかけていた。
そんなロジャーがドミニクの機嫌を取るために歌ったのが”エレンの歌”いわゆる”シューベルトのアヴェ・マリア”だった。
子供達を聖歌隊に見立てて自分は美しいファルセットでうたった。
ジョンとのチャリティライブでも始めのうちはアヴェ・マリアを歌っていた。
「懐かしいな。」
「レジーナラストライヴだな。」
ジョンのラストと言う言葉にピクリと反応する。
「君がその言葉を言うな。」
再びジョンに対する怒りがわいてくる。ジョンは完全に私に対して悪意がある。わざと私の気に障るような言葉ばかりを言ってくる。
「ジェイムズ、ジョンを部屋に案内してくれ。」
「君の部屋の隣じゃないのか?」
ぬけぬけと聞いている。
おまえなんざ、厨房の隅ででも寝るがいい。
「あいにく、あの部屋は使用中だ。二階に君の部屋を用意した。」
屋根裏部屋でもいいくらいだ。
「二階まで上がるのは僕もやっかいなんだけどね。」
「安心しろエレベーターがある。」
「そうか文明の利器があったな。」
ロジャーとジョンは笑い合っている。
悔しいがロジャーは本当にジョンが相手だとくつろいでいる様だ。
なぜだ!私とロジャーの仲を裂いた憎い男なのに。
陰と陽、静と動、まったく正反対のロジャーとジョンだったが確かに仲は良かった。
特にレジーナのリズム隊としての二人の相性はピッタリでどのグループからも羨ましがられるほどの完璧のリズムとタイミングだった。
ライヴにおいてロジャーがブレイン(脳)コマンダーでありジョンが心臓だった。ジョンとロジャーはまるで同じ体で演奏しているかのように一体感があった。
「俺たちは夫婦だから、、。」
ロジャーは良くそう言っていた。
私は常にその言葉にイラついていたが二人の息の良さは事実だったので黙っていた。
「今夜は納豆ディナーを振舞ったら?」
私は皮肉を含めて言った。
「うわ!」
ジョンはやっと表情を変えた。
「納豆だって!?あのジャパンのビーンズの腐った食べ物?
ロジャー、確か君が好きだったのは知ってるけどまだ食べてるの!?」
やった!ロジャーはジョンにも納豆のことは話してなかったのだ。
「何を時代遅れなことを言ってるんだ。納豆はスーパーヘルシーフードだ。
君もリウマチなんて患っているんだったら納豆や豆腐を食べるといい。」
「えらいこった!
昔ロジャーが納豆を食べているのを見て悲鳴を上げていたのに!
そうだ、ロジャーに納豆キスをされて失神したんだったな。」
失神ではない、吐いただけだ。
「それは昔の無知だったころの話だ。それに失神はしていない。」
そこへジェイムズがやって来てなにやらロジャーに耳打ちを始めた。
ロジャーは、
「ダーリン、ジョン悪いがちょっとだけ失礼する。」
そう言うとジェイムズと一緒にリビングから出て行った。
ジョンは手酌でシャンパンを注ぐ。
「どうしてそう、ケンカ腰なんだい?」
「何をぬけぬけと!自分が私たちに何をしたのか忘れたのか?」
私はついに怒りを爆発させた!ジョンにとっては20数年前のことだろう。
しかし、彼は引退してから私とは一切連絡をとろうとしなかった。
後ろ暗い思いがあったことは確かだろう。
「僕が何をした?静かにしていただろう。君たちの邪魔をしない様に。」
邪魔?邪魔と言えばこの上もない邪魔だっただろう。
「とぼけるな!私と別れろとロジャーに迫ったそうじゃないか!?」
私はテーブルを叩いた。
「何だ、そんなことか?今頃なんだよ。もう何十年も前のことだぜ。」
悪びれた様子もない。どこまでいい加減なやつだ。
「そもそも君に私たちの仲をどうこう言う権利はない!」
胸に溜まりに貯まった鬱憤をジョンにぶつける。
こいつのおかげで私たちは謂れのない別れをしなければならなかったのだ。
「何を言ってるんだい。僕は確かにロジャーに別れてほしいとは言ったさ。
だけど、強制をしたわけじゃない。そもそも強制なんてできないだろう。
実際に別れを君に切り出したのはロジャーだし、君は君で何も言わずに受け入れたんだろう?ロジャーの言葉を。」
核心を突いた言葉にグッと詰まりかけたが
「しかし、君が余計ないことを言わなければ、、、!」
「僕がなんと言おうと君が別れたくないと思っているんだったら抵抗すればいいじゃないか。ロジャーがなんと言おうと絶対に別れない!って言い張ればよかったんだよ。君は何の文句も言わずにロジャーの別れの言葉を納得して聞いたんだろう。それは僕の責任じゃない。あくまでも君とロジャーの意思だよ。」
「それは、、、」
まったくこの男はいつもそうだ。
穏やかで人のよさそうな顔をしながら
人が一番痛いところを突いた一言をぐさりと言って来る。
「実際、結果的にはよかったと思ったよ。
ただの友達に戻って、、君たちはずいぶん落ち着いたじゃないか?」
「なんだって!?」
何が言いたんだこいつは。
「まったく、君たちはいつもピリピリしてたじゃないか?
こっちもいつも冷や冷やしてたよ。お互いめちゃくちゃ意識しあってるのに無視しようとして、本当に気を遣ったよ君達には。」
「、、、、、、。」
「僕が抜けた後も、君たちが長くレジーナとして活動できたのも、友人と言う間柄になったからじゃないか?あのまま無理な恋愛関係を続けていればいつかは君たちの間は壊れていたさ。ロジャーも言っていた。」
「くそ!そんなことあるもんか!私は彼を愛し続けていたんだ。
たとえ、途中で問題が起きたとしても解決して行けたはずだ。」
「まあ、何とでも言えばいいさ。実際に今の君たちがいるんだから。
君はのんきに論文なんか書いて、ロジャーが告白しなければ今でも天文学者として平和な家族との生活を続けていたんだろう。別れたことを責めるんだったらロジャーを責めるんだね。当事者は君達なんだから。」
振り上げたこぶしを振り落ろす場所を失い、私は黙り込んだ。
どこまでもジョンの言うとおりだ。いや、関係を続けていればいずれは壊れただろう。と言う予測は当たっていない。
たとえ拗れたとしても私からは決して彼を手放さなかったはずだ。
次の言葉を捜しているうちにロジャーが帰って来た。
「すまん!ジョン。来て早々だが仕事だ。手伝ってくれ。」
ロジャーは軽い服装に着替えていた。しかも、、、
「なんだい。遠路はるばるやって来たのに、老人をこき使うもんじゃないだろう。」
「俺たちより若いくせに何言ってるんだ。とにかく着替えて厨房に来てくれ。」
「厨房?どうしたんだ。私も手伝おう。」
立ち上がってロジャーに近づく。
気がつくと彼は黒く長いズボンの前に垂れ下がる布を身につけている。
それにちょっといたずらっぽい表情だ。
「厨房係が飼い犬の具合が悪くて、、心配して元気がないってジェイムズが言って来たんだよ。犬はもう、結構な年よりでそろそろ危ないだってさ。
だからここはもういいから帰れって、厨房係を帰したんだ。
そうしたらキャベツがいっぱいあるから、、ロールキャベツを作るつもりだったってさ。」
「はーん。」
ジョンが訳知り顔でうなずいた。
「ロールキャベツね。」
「ロールキャベツ?君の?」
「そう。俺の。」
私達は思わず顔を見合わせて笑った。
「いいねえ、君のロールキャベツが食べられるのか?何十年ぶりかな?」
「わ、私も手伝う、、、よ。」
自信無げに意思を伝えた。
「そうだな、、、君にも手伝ってもらおうか、、。」
ロジャーもジョンもくすくす笑った。
私は彼らの薄笑いを否定することはできなかった。
「じゃあダーリン、君のしたくは俺がしてやろう。」
ジェイムズがジョンを部屋に案内している間に私はロジャーに腕まくりをされてエプロンをかけさせられた。そして髪を後ろで一括りにされる。
「なぜ私のエプロンは君達みたいにギャルソン風じゃないんだ。」
ジョンもロジャーもズボンの前だけを覆うギャルソンエプロンなのに私だけは胸当てまであるエプロンだ。
「汚すからさ。君は。」
もっともなことを言われた、つまり私は下手なのだ料理が、、。
「さあ、まずはキャベツを茹でて、、。」
大きな鍋にキャベツを丸ごと入れて、茹った順に葉っぱを取り外していく。
「熱い!」
茹ったキャベツをすぐに持ち上げてその熱さに思わず取り落とす。
「ああ、だめだよ。少し冷まさなきゃ。」
ジョンは手馴れたものだ。自分のうちでも料理をしているのだろうか?
「懐かしいな。ロジャーのロールキャベツ、
昔お金が無かった時はこれで食いつないだようなもんだったな。」
まだデビュー前、そしてデビューしてからもしばらくは貧乏でお金がなかった。
ロジャーとフレディは古服を売る店を開いてなんとか金を稼いだ。
客はもっぱらロジャーとフレディが目当ての女の子たちだったが、、。
私は一人っ子で厳格の両親の元で育った。
父親も母親も男が料理をするなんて考えたこともなかった。しかし、ロジャーの母親は看護士で夜勤もあり父親はいつも妻をサポートして家事をこなしていたそうだ。
そして家で唯一の男の子だったロジャーも例外なく家事全般をこなすように育てられた。父親はアウトドアの活動も好きでキャンプなどもよく出かけたらしい。
だからロンドンで友人のフラットで居候を始めたときも、やがてフレディと一緒に住むようになった時もロジャーは料理洗濯、掃除など進んでやっていた。
バンドのレコーディングで合宿のような生活をしていた時もそうだった。
その時のロジャーの得意料理がロールキャベツだ。
理由は一度に大量に作ることができるし、作り方が簡単だったから、、、。
とはロジャーの言で、、、。
「ほらほら、先にちゃんとキャベツの芯を削っておかないと、、ダーリン。
君は包丁は持たないほうが良い。ジョン、頼むよ。」
ロジャーは大量のキャベツの下ごしらえをジョンに任せると私にたまねぎの皮むきをさせた。
「今は便利な道具があるからなあ。」
フードプロセッサーで玉ねぎをみじん切りにしている。私もジョンも涙がポロポロ出るがロジャーは平気だ。
大きなボールに二つ分のミンチと玉ねぎを入れて卵と香辛料と塩を入れる。
「ダーリンよくかき混ぜるんだぜ。
きれいに混ぜ合わせないと味がところどころ違ってくるぞ。」
それにしても巨大なボールに大量のミンチなのでかき混ぜるといっても大仕事だ。ジョンはジェイムズにボールを抑えさせて器用に混ぜ合わせている。
くそ、要領の良いやつだ。
「オッケー、俺が抑えてやろう。」
ウィンクしながらロジャーが私をサポートしてくれる。
それでもうまく混ぜられずに中身が飛び散ってエプロンの胸を汚す。笑いあいながらなんとか中身のタネを作った。
「さて、ここで組み分けだ。」
ロジャーはその場にいた2~3人の使用人と私にキャベツにタネを入れて巻かせてみた。
「うん、君は俺たちの組だ。君はブライアンの組だ。」
とキャベツの巻き具合を見てグループ分けしていく。
「ダーリン、君たちはミートボールとホワイトソースの係りだ。
ジョンとジェイムズは俺とトマトソースのロールキャベツの係りだ。」
私は文句を言わなかった。ミートボールでさえ怪しいと思うのだが、とにかく丸めれば良いのだろう。
ロジャーとジョンは仲良く器用にキャベツを巻いていく。どうやればあんなにうまくキャベツが巻けるのだろう?彼らは魔法が使えるのか?昔と同じ感想を抱くしかできない。
「あんなに天才的なギターテクニックを持っているのに。ギター以外にもたくさんの楽器を弾きこなすし、頭もいいし、パソコンだって使いこなすのに、なぜ料理とか掃除とかできないんだろうね。」
ジョンがからかうように言う。
「苦手意識さ。」
ロジャーはかばうように言った。
ブライアンは”苦手だ!”と思ったことに出くわすと始める前から慌ててしまうんだ。落ち着いて向き合えばちゃんとできるんだけど、、、まあ、彼の場合は、無理にやらなくても生きていけることだからね。
と分析されてしまった。そうなのだろうか?前向きに取り組めばうまくキャベツが巻けるのだろうか?キャベツを煮込むブイヨンは厨房係が夕べから煮込んで用意してくれていた。
「コンソメキューブでも十分良い味が出るんだけど。」
ロジャーは贅沢なブイヨンスープにロールキャベツを入れていった。
鍋も二つ用意されて、もうひとつには私たち不器用組みが丸めたミートボールとザク切りにしたキャベツを入れて煮込む。
ジョンとロジャーのロールキャベツはトマトソースで味をつける。
ミートボールはホワイトソースで味をつけて煮込む。
「さあ、パスタを茹でよう。」
パスタを茹でてバゲットを切った。
ジェイムズがカナッペにアンチョビーやクリームチーズや野菜を盛った物を用意していた。
「君の手料理でもてなしてくれるなんて感激だな。」
ジョンはうれしそうだ。それはそうだろう。私だってロジャーの手料理なんて何十年ぶりだろう。最後に食べたのは、、、もうフレディの病気が重くなって普通の食事ができなくなった時に、
「ロジャーのロールキャベツが食べたいわ。」
エイズのため痩せてやつれたフレディが言った。ロジャーは材料を持ち込んでフレディの自宅で腕を振るった。
ほんの少しだけスープを飲み小さく刻んだキャベツのかけらとミンチ肉を口にして、
「懐かしい味、美味しいわ、、。」
そう言って満足そうに笑った。
それがフレディとした最後の食事だった。
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