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Now I'm Here
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メディカルルームに詰めていた医師と看護士も呼び出してみんなで食事をした。当の本人のロジャーはワインを飲んでばかりで皿の中のロールキャベツを突付くだけでなかなか口に入れない。
「旨いよ。なかなかの出来だ。」
ジョンも旺盛な食欲で食べている。
「やっぱりブイヨンスープの味が良いからな。」
ロジャーは少しだけスープを飲んだ。
「私の作ったミートボールも食べてくれ。」
デコボコしたミンチ肉の塊をスプーンでつぶして小さな欠片にしたものを彼の口元に持って行く。
「ほら、食べて。」
ジョンはニヤニヤと笑いながら見ている。
「ふふふ、ダーリン。見せ付けたいのか?」
「そうだよ。さあ、私の力作を味わってくれ。」
ロジャーは観念して口をあけると
私が差し出すスプーンを口に入れた。
ゆっくりと咀嚼する。
「旨いだろう?」
「君が味をつけた訳じゃないだろう。」
とジョンが余計なことを言う。
「じゃあ僕のも食べてくれよ。」
今度はジョンが自分のトマトソースの物をスプーンに入れて差し出した。
「なんだと!君にそんな権利はない。」
私はさらに自分の皿から掬ってスプーンを差し出した。
「だんな様、こちらのカナッペも召し上がってください。」
ジェイムズもカナッペの皿を差し出してきた。
「おいおい、いっぺんに食えないってば。」
ロジャーは笑っている。
なんだかんだと食事をして、ロジャーも少量だが食べていた。
私の家事の腕は年を重ねても上達してない。
と言う事実は変わらなかったが。
「旨かったよ。」
ジョンも本心から楽しんでいたようだった。
「でも、これが本題じゃないからな。
一休みしたらスタジオだ。」
ロジャーはそう言ったが私は言葉を続けた。
「いや、一仕事終わったところですまないが、もうひとつ君にやってもらいたいことがある。」
「おいおい、いい加減にしてくれよ。この家は客をこき使う風習があるのかい?」
ジョンは笑いながら、うんざりと言う表情をしてみせる。
「そもそも君は客じゃない。」
「おやおや、、。」
ジョンはあの特徴的な眉毛を上げて、、。
「客じゃなければ何なんだい?使用人か?」
不本意だが、、、
「君は仲間だ、、、。」
ジョンは不意を突かれた顔をした。今更なことを改めて言うのも口幅ったいが、、。
「君にはただそこに居てもらいたいだけだ、コーヒーでも飲んでくつろいでいてくれ。ロジャー、一緒に来てくれ。」
彼の手を取って立ち上がらせる。
「今度は俺の番か?何をやらせるんだ?」
「大丈夫だ、大した事じゃない。」
私は彼の腰に腕を回してロジャーの私室に戻った。
そこにはジェイムズに耳打ちして用意させた物が置いてある。
「ダーリン俺に何をやらせようって言うんだ?実は少し疲れてるんだ。
君とヤッてるところをジョンに見せ付けたいって言われても勘弁してほしいんだが、、、。」
私は彼の顔を上を向かせて口づけた。
「疲れているところをすまないが、、この服に着替えてくれないか。」
そこにはシルバーグレーのロングタキシードが掛けてあった。ロジャーの使っているテイラーに発注して作らせた。
ちょうど彼が棺に入る時に着る、死装束のタキシードを作る時に一緒に注文した。
もちろん私自身がテーラーに行って生地を選びデザインを選んだ。
本当は真っ白にしたかったがさすがにロジャーが照れるかと、シルバーグレーにした。
ロジャーは一瞬目を丸くした。
そんな表情は幼くて昔のままだ。
「ダーリン、、、これは?」
「一応、君の使ってるハーディエイミスで仕立てさせたんだが、、、やはり私の選んだものではセンスが悪かったかな?」
最近の私のワードローブはロジャーに任せっぱなしだ、せっかくのタキシードも私のセンスでは気に入らないだろうか?
「そうじゃない。いつの間に、、。
これを俺に?」
「いやじゃなければ着てほしい。
今、、そしてジョンを証人にして誓いの言葉を言おう。」
「証人、、、誓いの言葉、、、。」
ロジャーは言葉の意味を噛み砕くようにつぶやいた。
「結婚式、、、?」
「そうだよ。証人はジョンがふさわしいだろう。」
誰よりも私達の50年以上の歴史を知る男、一時は同じ感覚を共有した。
同じ音を聞いて同じ色を感じ、
同じリズムを感じて同じ感情を分け合った。
誰にも理解できないステージの上での一つの生命体になった我々の仲間、、、。
「参ったな、そんな事を考えていたのか?読めなかったぜ。」
ロジャーはタキシードから目を離さずに言った。
「いいぜ!さすがは俺のイカれたアストロノーマーだ。ノってやるぜ。」
ロジャーは私の首に腕を回して口づけた。
そして
「ジェイムズ。」
ジェイムズは心得て何やら私がロジャーに用意させたのと同じハーディエイミスの衣装ケースを恭しく差し出した。
「ジェイムズ、知っていたのか?」
「はい、だんな様にはだんな様のお頼みの分が、DrレイにはDrレイのお頼みの分ができあがっております。とお伝えしました。」
「まったくおまえは有能な執事だよ。」
私には”?”な会話だ。しかしロジャーは
「君の衣装だ。」
ジェイムズが差し出したケースを開けてみると、、、もう一着のスーツが現れた、ラベンダーグレーの、、、?
「君のロングタキシードさ。
フロックコートにしようかと思ったけど、
それじゃマジで執事と間違われそうでタキシードにした。」
私の衣装、、、。
自分の分なんて考えたこともなかった。
白いスーツがよく似合っていたロジャー。
しかし、喀血を気にして白い服を着なくなったロジャー。
もう一度彼に白いスーツを着せてやりたかった。まあシルバーグレーにしたけれど。
「こんな淡い色、私には派手じゃないか?」
「とんでもない!よく似合うよ。」
ロジャーはスーツを手にとって私に宛がった。
「ダーリン、俺たちつくづく同じことを考えるよなあ。」
「仕方ないさ。人生の半分以上を一緒に生きているんだ。考え方も似てくるさ。」
私はもう一度彼に口づけをした。
本当は結婚式なんてもうどうでもいい。
彼をベッドに連込みたい!さっき”勘弁してくれ”と言われたことをやりたい。
「だめだぜダーリン。結婚式をするんだろう?」
いたずらな目を光らせてロジャーが釘を刺した。
「ジェイムズ、Drレイを手伝ってやれ。」
「いいやジェイムズ、先に君のご主人を着付けてやってくれ。私は自分でなんとかするよ。」
私はロジャーが誂えてくれたタキシードを持って隣室に入った。
カマーバンドと格闘しているとジェイムズがやって来て手伝ってくれた。
「ロジャーはもう出来たのか?」
「はい、あちらでお待ちでございます。」
着替え終わるとジェイムズは手袋を差し出してきた。
手袋を持つと本当に結婚式の様な気分になって来た。
ロジャーはソファで腰掛けて待っていた。
「うわぉ!似合ってるぜダーリン。」
ロジャーはそう言ってくれたが私は思わずロジャーに見とれた。
シルバーグレーの艶のある素材が今の彼の線の細さから来る神秘的な神々しさを濃く彩っていた。何よりも彼の持っている華やかさが内側から煌いていっそう魅力的だ。
「君こそ素敵だ!思ったとおり、いやそれ以上だよ。」
「ははは、そう見えるのは君にだけだって。」
立ち上がって近寄ってくる彼の腰に腕を回して抱き寄せる。
「どうしよう。着替えたばかりなのに脱がせたくなって来た。」
「じゃあ、ジョンをここへ呼んで、オレたちがヤりながら誓いの言葉を言ってるのを聞かせようか?」
「なかなか魅力的なアイデアだ。
だけどやはりお楽しみは先にとって置こう。」
ロジャーはサングラスをかけている、やはり照れているのか。
真摯でありたい今この一瞬だけは。
彼の右手を取った。
「さあ、往こう。」
左手で彼の腰を抱いてエスコートしてジョンの待つリビングに戻った。
「待たせた。」
ジョンは立ち上がって壁に掛けた絵を見ていた。
「やあ、二人ともめかし込んで何のイベントだい?」
「悪いが君の衣装はない。」
「かまわないよ。昔から派手な衣装は好きじゃなかった。」
ロジャーはもう一度ジョンにシャンパンを注ぐようにジェイムズに言った。
「僕は何をすればいいんだい?」
「君はそこに座ってただ見ていればいい。」
「何だ、見てるだけか?」
物足りなさそうに言う。
「そうだ、そして見たことを忘れないでいてくれ。」
私はロジャーに向き合った。
「ちょっと待って。」
彼はバラの花を一輪採ると花の部分だけを切り取りその花を私の胸の襟穴に挿した。
「ありがとう。」
些細な事なのに思わず胸がいっぱいになる。
ジェイムズが私にもバラの花を差し出してくれた。同じ様に彼の襟穴にバラの花を挿した。
「サングラスを外してもいいかな?」
黙って頷く。
まるで花嫁のベールを上げるようにロジャーのサングラスを外した。
緊張して指が震える。
何度彼のサングラスを外しただろう。
だのに、、、目元がうす紅色に染まった彼の瞳を見たら誓いの言葉より先に口づけがしたくてたまらなくなる。
「どうしよう?先にキスしてもいいかな?」
「ダーリン、我慢するんだ。」
緊張していたロジャーが笑って私を制した。
「あー、、、じゃあ、、始めよう、、、!」
私が立った場所はなんでもない、ロジャーのリビング。
十字架が飾ってあるでなし何か記念品があるでもない。なんでもない空間。
ただジョンがソファに座って私たちを見ていた。そこで、、、
「私、ブライアン・ハロルド・レイは汝、ロジャー・セイラーを、、、」
一瞬言葉が詰まった。
頼む私の心臓よこの瞬間に異変を起こさないでくれ!
「うやまい、、、愛し、、慈しみ、、、富める時も貧しき時も、、、
病める時も、健やかな時も、、、」
またしても言葉に詰まる、、、胸に込み上げる思いが、、、しかし、、。
「死が、、、死が、、二人を分かつとも、、
いいや、たとえ死でも、絶対に離さない!
そう、汝を生涯の伴侶と定め永遠に愛しぬくことをここに誓う!」
かなり湾曲したが、言いたい事は言ったと思う。
ロジャーは笑っている。
ジョンは黙って見ている。茶々を入れるかと思ったが、、。
ロジャーは咳払いをして一旦下を向くと振り切るように私を見上げた。
「私ロジャー・セイラーは、、、
汝、、、ブライアン・ハロルド・レイを、、、
生涯の伴侶と定め、、、。
富める時も貧しき時も、、健やかな時も病める時も、、、
愛し、慈しみ、、敬い、、、
、、例え、、死が二人を分かつとも、、、、。」
青い瞳から涙が流れた、、。
「、、、愛してる。、、、愛し続けるよ。
ブライアン。たとえ、死が、、俺たちを分かっても。
Even death cannot keep the two apart.」
「ロジャー、、、、!」
強く抱きしめた。力の限り!何者からも彼を守ろうとする様に。
「、、、誓うよ。俺の伴侶、ブライアン。」
「ロジャー、私の伴侶。離さない、もう二度と離さない。」
口づけて抱きしめて、、できればそのままベッドに直行したいが、、、
何とか努力して体を離した。
ジョンを振り返ると、、、あいつはうんざりとした顔をしていた。
「はいはい、見ましたよ。君達の感動的な瞬間を、、。」
だけど立ち上がった。そしてロジャーに近づくと、、
「おめでとう。とうとうブライアンと出来上がったな。
心から祝福するよ。
やあ、長かったな、、、。でも、、、。」
「ジョン。」
「うん、、、良かったよ。」
「ありがとうジョン、、、。」
ロジャーとやつはハグをした。
悔しいが私も続いてジョンを抱きしめた。
「、、、僕もやっと肩の荷が下りた気がするかな?」
「君がいったい何をやったと言うのだ?」
「まあね、君が知らないいろいろをね、、いろいろとね。」
肩をすくめて見せる。
「ああ、君たちは部屋に戻ってそのきれいな衣装を脱がせあいたいところだろうが僕を証人にしたんだ。その労はねぎらってもらうよ。」
何を生意気に、おまえはただ見ていただけじゃないか?
「ロジャー出してくれよ。あるんだろう。シーバスのロイヤルサルート。」
「残念ながらそいつは私が飲んでしまったよ。」
ジョンは”ええ~~!!”とおおげさにがっかりして見せる。
「大丈夫だ、酒はまだたくさんある。」
笑ってロジャーはジェイムズに合図をした。
しばらくすると、打ち合わせた様にディディーとルーカスがやって来た。
ディディーはジョンが来るのに合わせてスタジオに入るので予定通りの登場だが、ルーカスまでとは?
「やあ、今日は何のお祝?」
まさか君のパパと結婚式を挙げていた。とも言えずにいると。
「まるで結婚式だね。パパ、とうとうブライアンとゴールインしたの?」
思わす乾杯したシャンパンを吹き出しそうになった。
「そうだ。ルーカス祝ってくれるか?」
ロジャーは悪びれずにあっさり打ち明けた。
「もちろん!おめでとうパパ、ブライアン。
これでブライアンも僕のパパになったのかな?」
「今更君の様なでかい息子はいらないよ。」
それはないよ。と笑った。
マッカランの1964年を開けて乾杯し、しばらくしたら私とロジャーはひっそり抜け出すと、上着を脱いで肩に掛けたロジャーを部屋の数歩前で抱き上げた。
「新婚夫婦は部屋に入る時、こうするんだろう?」
「止めてくれ。」
笑いながら抗議するが構わずに抱いたまま部屋に入った。
入るや否や、抱き下ろすのももどかしく口づけをする。
「愛してるよ。もうどうしていいのか分からないくらい。」
「ダーリン、、、ブライアン。」
ベッドに降ろす、すぐにでもスーツを脱がせて彼を蹂躙したいが、、
「ブライアン君の気持ちは分かるが、、、もう少し我慢してくれるか?」
ベッドの上で自分の上着を肩から剥ぎ取るのに苦労していると、ロジャーは私を手伝いながら静かに言った。
彼のアスコットタイをゆっくり抜き取り、彼の発した言葉の意味を理解して私は待った。お預けには慣れている、、。
「話がしたい、、。」
話、、?この期に及んで何の話を、、?
「すまない、、でも話しておきたい、、。」
私の手に自分の指を重ね、そして私の指輪をなぞる。
「誰にも話したことはない。フレディにもジョンにも、、ドミニクにも。
これは俺の父親の話だ、、。」
ロジャーの父親?彼にキャンピングや釣りや家事一般を教えた父親。
言い寄ってくる男の殴り方を教えたと言う父親?
「俺の本当の親父は、、、パパはいい男だった。
お袋もだが、、二人は似合いの美男美女でさ。
仲はよかった。
パパは若いころ俺と同じで男に惚れられる事が多かったらしくて、俺にもそう言う事が起きるだろうって教えてくれたよ。
でもけっして同性愛を嫌悪はしていなかった。
人の恋愛感は多様だって、一番大切なのは真面目に向き合うことでいい加減な態度が一番駄目だって教えてくれた。」
「立派なパパだね。私の両親は厳格で、、杓子定規な教育ばかりだった。」
「でも君みたいなイカれた息子が育ったよな。」
それもそうだ、と笑う。
「でも、俺がハイスクールに入学するころに両親は離婚した。
パパが他の女性を好きになってその女と街を出て行ったんだ。
ショックだったけど、もう離婚はあまり珍しくもない時代だったし、、
パパは恋愛に真面目だったからお袋と愛のない生活ができなかったんだなあ。って思ったよ。
でも、ある時俺のガキの頃からの親友だったやつが、俺のパパはそいつの親父とかけおちしたんだ。って話して来て、、、。」
私はロジャーの話の内容を必死で聞いた。
確か、自分のお父さんが親友の父親とかけおち、、、?
「そうさ、笑っちゃうだろ?
そいつの父親は俺のパパとガキの頃からの友達で、、、仲が良くて、家族ぐるみの付き合いだった。一緒にバーベキューをしたりキャンプに行ったり。
俺も上と下は姉妹だったからそいつを兄貴みたいに慕っていた。
俺と一緒におれに迫って来る男たちをぶん殴ってくれて、、信頼していた。そいつの親父さんも、、、。」
「でも、違ったんだ。俺のパパとそいつの親父は幼馴染で、、
ガキの頃から惚れ合っていて、、、隠れて付き合っていたんだとさ。
でも、やっぱり世間体を気にして大学を出る時に別れて、、、別々の場所でそれぞれ家庭を持った。なのに偶然同じ街に引っ越して再会しちまった。
はじめは、普通の友達としてやって行こうとしたらしい。
俺が感じていた通り家族ぐるみの仲のいい隣人で、、、。
でも、忘れられなかったんだとさ。」
ロジャーはため息をついた。
まるで昔読んだ本の内容を教えてくれる様に淡々と話す。
しかし、十分ショッキングな内容だ。
「結局、その相手の親父の方が先に離婚して街を出て行った。
そしたらパパもそれで堪らなくなったらしくて、お袋に別れを切り出した。
お袋は、別れるのはいいけどパパが男と一緒になるために別れたと、周りに知られないようにしてくれ。って言ったらしい。」
ロジャーは私の目を見て、意味が分かるか?と問う様な表情をした。
「つまり離婚の本当の原因を隠せ。と。」
「そうだ。自分の夫が妻よりも男の恋人を選んだと言う事実を、誰よりも子供達に知られたくない。と。」
「子供達、つまり君たちだね。」
「お袋の気持ちは分かる。まだ同性愛禁止法なんてふざけた法律があった時代だったからさ、小さな街だしすぐに街中の噂になっただろう。
お袋は俺たちを守ろうとしてくれたんだ。」
ロジャーは複雑そうな顔をしていた。
同性愛は身近な存在だった。男子校で、スポーツクラブで普通に男が男に恋をしていた。
伝統でも歴史でもあった、公の社交界でも同性同士の恋愛は通常の出来事であった。なのに社会的な偏見と弾圧もあった。あれは一体なんだったのだろう?
たしかに一般庶民の間では同性愛は醜聞だった。
「で、表向き俺のパパは別の女とデキちまって離婚した、って話をでっちあげたんだと。まあ、当時の俺はガキだったからさ聞いた時はパニックだよな。
事実を教えられて頭の整理もつかない内に、その俺のかつての親友だったやつはさ、俺に打ち明けたんだ。本当は自分も俺を好きだった。ってさ。」
ロジャーは今でもその事実を思い出すと辛いのだろう。
苦々しい顔をした。
「俺は、、、マジでショックだったぜ。
唯一俺を女扱いしなかった、、。
そいつに、、、恋心を打ち明けられて、、、。
そいつだけは俺を、、男として見てくれていると思っていた。
だけど、、こともあろうに、、、
俺の父親の恋人の男の息子で、しかも俺に惚れてるって、、。」
彼は絶句した、、。
無理もない、もし私が彼の立場だったら、、?
そっと彼を抱いた。しかし、言葉を差し挟まなかった。
「俺は殴った!、、、やつを、、、泣きながら殴った。」
ロジャーは感極まって言葉を振るわせた。
「俺を、俺を、ただ一人、、理解してくれていると思っていた、、。
俺を女扱いしない、、、そいつもパパも、、男に惚れる人間だった、、!」
頭を抱いて私の肩にもたれかからせるとその髪をなでた。
気持ちを宥める様に。
「それからの俺は、手当たり次第に女に手を出してSEXしまくったさ。
狂ったみたいに。俺は女が好きだ、男なんか好きじゃない。
とにかくセックスマシーンって評判になるくらい抱きまくったぜ。
馬鹿だけどそれが、それだけが俺は親父とは違う!
俺はゲイじゃない、って自分にも周囲にも分からせる手段だと思ってたんだろうなあ。ロンドンで君と会った時はもう女狂いで名が通っていたよ。
だから、、君に会って自分が君に惚れてるかも知れないって気づいた時は、、本当に混乱したぜ。最初は君のスーパーギターテクニックやロックンロールの才能に憧れたんだ、って考えようとした。
でも、君に近づいて来る女の子や親しく話しかける男供にイライラしてさ、
片っ端から女の子は口説いてモノにしてまわったし男は邪魔なやつは排除した。
ティムも、、、俺より君と親しげにするのが気に入らなくて、、バンドから追い出した。」
「ティムに関しては、、君だけじゃない。私も思うところがある。」
そうだ、彼が居辛い様に持って行った。
彼のベーシストとしての能力は高くなかった。
ロジャーと言う優秀なドラマーを迎えて、、徐々にそれに我慢できなくなったのは私も同じだ。
「まあ、馬鹿な話さ。
お袋が必死で親父がゲイだって隠してくれてたのに、俺も結局男に惚れるのか?俺は自分の気持ちが受け入れられなくて、、それで、君が何度も俺達の仲を公表しようって言ってくれたのに、、できなくて、、。
悪かったよ。
ほんとは悪あがきしてたんだ、どうにもできないくらい君が好きなのに、、。お袋が知ったらどう思うだろう?ゲイの息子だからやっぱり同じになったのか?って感じるんじゃないか?とか。
なんて言うか素直に君に惚れてる自分を認められなくて、、、
馬鹿だよな。ごめん、、それで君も随分苦しめたよな。、、
すまなかったブライアン、、、。」
「ロジャー、、、もっと早くその話をしてくれていれば、、、。
わたしこそ、、君の本当の苦しみに気がついてやれなくてすまなかった。」
そうだったのか?
いまさら知ったロジャーの真実に改めて打ちのめされた。
もっと彼の苦しみを考えてやればよかった。
自分の気持ちばかりを押し付けて、ロジャーが受入れないことばかりを責めていた。
「私は何かと鈍感で、君の苦しみも気づいてやれなかった。
自分の世間体のために真剣に思っていない女性と結婚までして、、相手を不幸にしてしまった。
もっと君に対して熱烈に向き合っていれば、君も私も余計な苦しみはなかったはずだ。」
改めて自分の身勝手さを思い知る。
フレディの様になりふりかまわずに自分の情熱に身を任せることもできずに、慎重さを訴えながら実は逃げ腰の人生ばかりを送って来た。
「辛い思い出を話させてすまなかった。でも、ありがとう。」
さすがに疲労の浮き出たロジャーの背中を抱いてもう一度口づける。
二人でベッドに転がってお互いを見つめ合う。
「俺たちよく、、ここまでたどり着いたよな。」
ロジャーは言った。
「そうだな、先に死んだやつも随分多い、、私達は本当に幸運だっただけだ。だからロジャー、辛いかもしれないがもう少しだけ私と生きよう。」
「、、、ブライアン、、。」
「最後まで、、、抵抗して、、病気と闘って、、。
それでどうしても、もうどうしても駄目だったら、、私も一緒に逝くよ。」
横たわったまま強く彼を抱きしめる。
「モントルーのあの湖に、、、二人で、、、。
どうせジャパンで一度は死んだ命だ。
君に助けられた、、。だからもう惜しくないよ。」
青い瞳を見る。ロジャーも私を見つめている。
二人で、あの湖に沈もう、、、彼を抱いて、、この婚礼衣装を着て、、。
深く深く沈んで行こう。
もう誰にも手の届かない深みに沈んで、、そのまま眠りにつこう。
ジョンは10日間ほど滞在してから帰って行った。
「今年のワインができたら送るよ。」
またクリスマスに、、、と言い置いて家族の待つ街へと帰って行った。
ジョンの居た日々は濃密な時間だった。
私達は集中してスタジオに入り時間を忘れてレコーディングをした。
曲は自然と出来上がった。
ジョンとロジャーが昔のようにふざけながらリズムを取る。
するといつのまにか決まったベースラインができて思いつきでフレーズを奏でると誰かが続きのメロディをつけて行く。
タンゴのリズムが何度も繰り返され少しずつ変化をつけては演奏された。
私はピアノを弾きギターを奏で、アコーディオンを操った。
ジョンはウッドベースを鳴らしギターを弾き、オルガンを演奏した。
ロジャーはドラムを叩き、ヴィオラを鳴かせチェロで響かせた。
みなが思い思いの楽器を手にとって気の向くままにメロディを重ねた。
そしてタンゴだ。
私とロジャーが踊り、ジョンとロジャーが華麗なステップを踏み、私はジョンの足を踏んだ。
ディディーは徹夜でミキシングをして足りない音源を要求する。
まさに目くるめく夢のような時間、、、
昔ならば何ヶ月もかかってスタジオワークに没頭しただろう。
しかし、我々は年老いて疲れは確実に忍び寄って来た。
特にロジャーの消耗ぶりはひどくなって行った。
「タイムアウトだ。」
ジョンが言った。
「もう帰らないと、これ以上畑をほおっておけない。」
ジョンが帰る時ロジャーは車に乗り込んだジョンの窓に取りすがって別れを言った。涙を流して、、
「さようならジョン。」
まるで恋人たちが別れを惜しむように窓越しに指を重ね何度も別れを言った。
「クリスマスにまた会えるから、、。」
私は彼の肩を抱いて慰めながら、密かに怒りを胸の中で燃やしていた。
クリスマスが終わったらロジャーをモントルーに連れて行く。と、帰りしなのジョンに告げた。出発した後ジョンは携帯にメッセージを寄越した。
”ロジャーを魚のエサにするなよ。”
最後まで人の嫌がる核心をついた言葉を吐くやつだ。
後から聞き足したところ、
ロジャーの父親はフレディが死んだすぐ後に亡くなったそうだ。
ある時、ロジャーの前にかつての彼の幼馴染で親友だった件の男が現れた。
そしてロジャーの父親が危篤だと伝えた。
旧友の登場に驚きながらも実の父親の急の知らせに取り急ぎ病院に向かうと、病み衰えた実父がいた。傍らには幼いころ別れたままの父親の恋人の男も連れ添っていたそうだ。父親はエイズではなく、やはり末期癌だったらしい。
再会をよろこんだのも束の間、謝罪の言葉をかろうじて伝えると、父親はあっけなく亡くなってしまった。ロジャーには衝撃の連続だっただろう。
フレディの死さえすさまじい打撃だったのに、何十年ぶりに再会した実の父親のその死。立ち向かうことすら難しかっただろう。
またそんな困難のさなかに私はうつ病でロジャーを支えるどころか自分が生きているだけで精一杯だった。
今では信じられないことだが、1993年までWHOは同性愛を治療に値する病気だと見なしていた。否、1993年にやっと治療の対象からはずしたのだ。
それまでは同性愛は病気だった。私は一度も自分を同性愛者だと思ったことはない。
男性を好きになったのはロジャーただ一人、他の男性に恋愛感情を持ったことなどない。
ロジャーが女性だったら女性のロジャーに恋をしただろう。
今でも、本当に愛して来たのはロジャーただ一人だと断言できる。
そのロジャーはいよいよ末期的症状を示し始めていた。
ピンポイント阻害薬は功を奏さなかった。
いや一時は効果がありそうな気配だった。
しかし、結果的にロジャーの体力が持たなかったのだ。
免疫力を強化するには体力が衰えすぎていた、、。
ここに来てキャンベル達は完全に緩和療法に切り替える方針を決めた。
「ロジャー、痛みがあるのならば薬で抑えよう。
大丈夫だ、最初からモルヒネは使わない。
今は無害でいい薬がたくさんある。
どれが君の体に合うか、試してみよう。」
もう痛みのたびにSEXでごまかすことも難しくなって来た。
「強い薬は使いたくない、、、。」
それでも床に就いたままにはなりたくなくて、苦痛に耐えながらミックス作業をする。
時に信じられない精神力で”レボリューション”や”皇帝ポロネーズ”の様な体を使う大曲を弾いて痛みをごまかしていた。
それでも最後のミキシングを完了させると、、、
「ああ、なかなかいい曲ができたな。」
満足そうな笑顔を浮かべて、、その日ロジャーはついに鎮痛剤を受け入れた。
そして、、、まるで糸の切れた人形のようにロジャーは動かなくなった。
だるそうに一日カウチに横たわって食事も採ろうとしなかった。
つきっきりで彼になんとか食事を採らせ、背中をマッサージして痛みを和らげる工夫をする。
「ブライアン、あの曲は完成したんだったかな?」
記憶もおぼろになっているのか、夢と現実の境目すら理解できないかの様で、このまま衰えて死んでしまうのではないか、と恐怖がこみ上げて来る。
「まだ11月だぞ、早すぎる。このままと言う事はないだろうな。」
電話越しのキャンベルを問い詰めると、
おそらく初めての種類の鎮痛剤に過剰に反応しているのではないか?
薬を変えるより体が馴れるのを待った方がいい、そう言った。
窓際にカウチを置いて晩秋の陽射しを浴びながら見るともなく庭を向いているロジャーは儚げで、、時にあまりに静かに眠っていると息があるのか、、、?
恐ろしくなる時がある。もう一時もそばを離れることができなくて、ただ彼の呼吸を確認する毎日。
とうとうある日、ロジャーの長男のフェリックスと次男のルーカスが家族を連れてやって来た。
無理もない父親は虫の息だ、今のうちに会って話したいこともあるだろう。
私は邪魔をしないように場を外した。でも実は気になって、メディカルルームでロジャーの部屋を監視しているカメラで見ていた。
それは考えた通りと言うか、ロジャーは息子たちの妻や子供たちの前で毅然としていた。
私と二人だけの時の息も絶え絶えな様子は微塵も見せずに少し弱った気配はあるが余裕さえある態度で孫たちに接していた。
だが、早々に嫁と孫達を退室させて息子二人だけを部屋に残して話を始めるとロジャーはたちまち重病人に戻った。
フェリックスはベッドの足元に立っていたがルーカスはロジャーの枕元に腰掛けて父の手を握り締め、どうやら涙ぐみながら話をしているらしい。
悪い予感がする。
ロジャーがここまで弱った姿を息子たちに見せたことに何か腹蔵があるのではないだろうか?無論、素直に自分の病状を認識してもしもの際の覚悟を訴えているのかもしれない。そろそろ自分が出て行っても良い頃合だろう。
一旦メディカルルームから廊下に出て改めてロジャーの私室をノックして中に入った。
「ブライアン。」
ルーカスとフェリックスは二人同時に私を振り返った。
ルーカスは涙目のままだしフェリックスも青ざめていた。
ルーカスに比べるとロジャーに対してはクールに接する長男ではあるが
さすがに平静ではいられないようだ。
「やあ、ロジャーは?」
ベッドに目をやると彼は私を認めて軽くうなずいたが、疲れた様に手を振った。
「リビングで話そう。」
三人で部屋を出た。
「ブライアン、いろいろありがとう。」
フェリックスがまず口を開いた。
「あなたがいなければ、パパはもう3回ぐらい死んでるって。
パパもDr達も言ってたよ。ジャパンでも危なかったって。」
「礼には及ばない。ロジャーの命は私の命も同じだ。それに私もロジャーに助けられた。」
ジェイムズがお茶を注いで回る。
「ブライアン、パパだけど、もう俺は死んだものと思っておけ。って。」
ルーカスは一旦は立ち直っていたが思い出したのか、また瞳に涙を浮かべた。のんびりしたおぼっちゃまだが、やはり父親に対する愛情は一入なのだろう。
「もう、いちいち危ないからって大騒ぎしないでいい。って。」
ロジャーらしい、彼なりの思いやりでもあるのだろう。それに、、、
「そのことだが、私はロジャーをモントルーに連れて行くつもりだ。」
「モントルー?いつ、なぜ?」
「フェリックス、君たちにはすまないがここに居てはロジャーは病人になりきれない。君たちや君たちの家族、使用人や、いまだに客が来る。
ロジャーは主人として自分の弱い部分を見せようとしない。
誰も居ないところでゆっくりと静養させる。クリスマスが終わったら行くつもりだ。」
「それならモントルーまで行かなくても、イギリス国内でもいいんじゃない?」
「ルーカス、モントルーは私たちの思い出の場所だ。
そこでなければロジャーも承知しないだろう。
閉じ込める訳じゃない。会いたければ会いに来ればいい。
ただ、たぶん、、、生きているうちは帰って来れないだろう。」
少なからず衝撃を受けたような表情で二人は黙り込んだ。
「それはパパは承知していることなんですか?」
私は頷いた。
黙り込んだまま考え込んだフェリックスはしかし最終的には了解した。
「パパがそれを望むなら、、、僕達は受け入れるしかありません。」
「ブライアン、ブライアンは、、、パパを最期まで看取れる?」
ルーカスはおかしな表現をした。
「ルーカス、どういう意味だ。
私がロジャーより先に死ぬかもしれないと思うのか?」
「いや、、そう言う意味じゃないけど、、、でも、無い話じゃないよね。」
「そうだな、、、。」
迂闊だった、、そこまで考えてなかった。私が先に死ぬ場合もありえる。
「対策をしておこう。」
だがルーカスの言いたかったのはそれだけじゃなかったようだ。
「そうじゃなくて、、、あなたはパパが苦しんでいるのを、、
最期まで見届けることができる?」
「何が言いたい、ルーカス。」
彼を睨み付ける。
「パパが言ったんだ。もし、もしもブライアンがパパを殺しても、、、
それはパパの意思だから責めるな。って。」
今度は私が黙り込んだ。
「パパはもうこれ以上の苦痛に耐えるのはいやだと言っていた。
それに病気に殺されるより、あなたに、、殺されたい。って。」
そんなことまで、、、あのロジャーが息子たちに弱音を吐くなんて、、。
「本当は、、ぼくも、、一度パパを殺しかけた、、、。
前に最初の手術をして退院した後に、まだ不安定で夜中とか心配だったから、フェルとアレックスと交代で看てたんだけど、、パパは夜中にうなされて、、、。
”殺してくれ”って言うんだ。眠ったままだけど、、、
ブライアン、あなたの名前を呼びながら、、。」
自分の頭から血の気が引いていくのが感じられた。
ルーカスは大丈夫?と言った顔で私を見たが言葉を続けた。
「僕はパパがかわいそうで、、本当に苦しそうで、、、
その時は、、頭が普通じゃなかったんだろうけど、、。
死なせてあげるのがパパのためになるんだ。って思い込んじゃって、、。
パパの首を絞めたんだ、、、。ジェイムズが止めてくれたけど、、、、。」
大きなため息をついた。
「ルーカス、お前が悪いんじゃない。」
フェリックスは父親を溺愛する異母弟をかばった。
「あれは、、本当に目の毒です。僕も見たけど、、なんて言うか。
まるで誘い込まれるように、気持ちを持って行かれそうになるんだ。
だからもし、あなたも、、ブライアン。
パパが苦しんで”殺してくれ”と頼まれたら、、、
そうしてやってくれても、、僕達は何も言いません。
病死として届ける様に、きつく指示されています。医師達に対しても。」
「何てことを、、、、。」
怒りを覚えなければいけないところだが、、できなかった。
なんと言う消極的で悲観的な息子たちの言葉。
本当は”君たちがそんな弱気でどうする!”
と叱り飛ばしたいが、、できなかった。
私自身、何度もロジャーの首に手を回しかけた、、、。
呆然とした私を残して二人はそれぞれの家族の待つところに帰って行った。
おそらくは、ロジャーは保険をかけたのだ。息子たちに。
私に、、私が彼を殺してしまった場合を考えて。
静かにロジャーの私室に戻った。
彼はやはり疲れたのだろう、眠っていたが大きく上下する胸が呼吸するのも大儀そうだ。そばには当直の看護士が付き添っていた。
あの屈強の老婦人だ。私を認めると、目礼して席をはずした。
点滴をしている腕がむき出しでその細さがやけに目について視線を外せない。その手に私の手を重ねた。
落ち窪んだ眼窩に浮き出た青黒い隈、頬骨が高くそげた頬を見つめてただただその場に無言で佇んでいた。
「、、、、帰ったか?」
「、、目が覚めていたのか、、?」
直接、彼の声を聞くとやはりほっとする。
ロジャーは点滴していない方のベッドをポンポンと叩いた。
こちらに横になれと言う合図だ。
一緒に寝るにはずいぶん早い時間だが言うとおりに彼の隣に横たわった。
「もう一度、君とヤりたいな、、。」
耳元で小さな声でささやく、、、。
「なかなか魅力的なアイデアだ、、。」
久しぶりに機嫌が良さそうだ、、。気分がいいのだろうか?
腕を伸ばして彼の体を抱いた。
「そうだな、点滴の針が抜けたら、、、眠らせないぞ。」
ロジャーはにやりと笑った。
「キャシイと一緒に歌を歌う約束をした。」
「キャシイ?」
「看護士だよ。あのでかいオッパイのさ。」
ああ、あの屈強の老婦人。
「キャシイと言う名前なのか?」
「そうだ、彼女はザ・フーのファンなんだ。レジーナは軟派なんだってさ。
キース・ムーンがお気に入りだったらしい、、ぜ、。
あいつの方がよっぽどイカれてるのにな。」
ムーンも先に死んだやつだったな。
「今度、一緒に”サマーナイトブルース”を歌おう。って約束したぜ。」
「サマーナイトブルースか、、、もう11月だけどな。」
「ギター弾ける?」
「弾けるかなあ?最近めっきり忘れっぽくて、、、。」
ロジャーは私の額をこづいた。
じゃあ、俺がギターを弾くから君がドラムを叩けよ。と笑って。
彼の頭を抱いて口づける。
「ロジャー実は考えていることがあるんだ。」
まだ何かあるのか?と、目で訴える
私の考えを伝えると、それはいい。と同意した。
「早速弁護士を呼ぼう。手続きする。」
ロジャーはジェイムズに弁護士を呼ぶように指示した。
私も私の弁護士に連絡した。私たちの結婚をより実質的にするために。
次の朝、ロジャーの枕元でいつの間にか寝入っていた私が目覚めるとベッドの主の姿がなかった。
「ロジャー!どこだ。」
ラバトリーでもない、隣室でもない。メディックルームでもいなかった。
キッチンやリビングにもいない。もしやまた森に行ったのか?
しかし、昨日まで枕から頭も上がらなかったのに?携帯を鳴らしてみる。
「ダーリン、起きたのか?」
ロジャーの声だ。
「どこにいるんだ?」
「スタジオさ。」
時刻はまだ朝の5時前だ。
「何をやっているんだ。体は大丈夫か?」
スタジオで何をやっているのか?急いで向かった。
もうすでに冬の気配が強く寒さが体に突き刺さる。
ロジャーはこの寒さの中をスタジオに行ったのか?
彼はミキシングをやり直していた。
驚いたことにしっかりした表情だ。
「ダーリン、ちょうど良かった。ここさ、、ギター入れてくれないか?」
「ロジャー、、、体は、、?」
何も言わずに私にヘッドホンを装着した。
「Ave Maria?」
ロジャーの体からオレンジの香りが漂う。
「いい匂いだ、、どこから?」
彼の頭を抱いて口づける、すると私の口にオレンジを押し付けて来た。
「うっぷ。」
この季節にしてはいいオレンジだ、いや、彼はオレンジを食べていたのか?
「いけてる、、。君も食べてたのか?」
「ダーリン、君のキスがオレンジの味なのがわかるようになったぜ。」
一応は安心して抱きしめた。
だけどいきなりの変化にとまどってしまう。
「ここ、、、。」
ジョンがここにいる間にロジャーは”Ave Maria”をやり直した。
夏に歌ったそれは、ただただ美しかった。
美しい高音の効いたファルセット、、。よどみない美しい声。
なめらかで透明な美しさだった。
今回は声はしゃがれて掠れ、息遣いも荒く。
ふらつく体をマイクスタンドにつかまる様に支えて振り絞るように歌った。
実際、何度か私が体を支えながら歌ったこともあった。
だけれども美しかった。
それはまるで炎が消える一瞬前に強く燃え上がるように切なく魂に訴えかけるような歌声だった。
私はその曲をロジャーのヴォーカルとバックはヴィオラを中心にしてアレンジした。ピアノと控えめなベース、細波の様なシンバルはそのままにしてギターは押さえた。ヴォーカルとヴィオラのソロを入れて情感的に作り上げた。
我ながら満足の一曲だ。それにまだギターを入れろと言うのか?
「ロジャー、あの曲はもう完成している。ギターは要らない。」
「いいから、、、これは遊びだ。。」
私の首に腕を回して来る。その腕がべとついている。
「ロジャー、腕に何かついてるぞ。これは、、オレンジの果汁だ。
ああ、ほら口の周りもベトベトだぞ。」
行儀の悪い食べ方をしたのか腕にオレンジの果汁が垂れ流れて汚れている。
それを拭きもせずに私の首に腕を回すものだから私の首や髪の毛にオレンジの果汁がついてしまった。
「え、そうか?」
と言っていまさら、自分の腕をまげてなめ始めた。
子供の様に口の周りを汚した彼を、首に巻いたストールで拭いてやるが、、、思わず誘われるように彼の口の周りを舐めた。
「ダーリンお楽しみは後で、、だ。
あ、、、ここだよ、ソロの終わりの最後の音にギターを重ねてみたい。」
私は必要ないと思ったがとにかく一度やってくれ。
と強く言われてしぶしぶギターを手に取った。
どうやらロジャーは自分で入れてみようと思ったらしく
ギターはセッティングされていた。
「ヴィオラのオクターブ下をベンディングで入れてみて。」
「オクターブ下ね。」
一オクターブ下の音をベンディングで、と言われるとかなり低い音からのベンドになる。
「すまん、もう半音あげて。」
ロジャーのリクエストで自分の腕が落ちたことを察した。
若い頃は造作もなくできたことが、今は苦心してやっと完成させる。
それでもロジャーはOKしてくれた。
「聞いてくれ。」
ヴィオラのソロの最後の一音が掠れている、
私はその掠れが最高に利いていると感じた。
だけど、演じたロジャーは許せなかったのか?
ヴィオラが掠れた部分をギターで補った。
「これも悪くはない。だけど、私はオリジナルが好きだよ。」
少し考え込んで、、、ロジャーは
「そうだな、ありがとう。やってみたかったんだ。
気になってて、、、でも、君の言うとおりだ。オリジナルのままでいい。
でも、せっかく君が弾いてくれたんだ、、別なバージョンを作ろう。」
ロジャーはテープを回した。冒頭の歌い出しの部分だ。
「ほら、歌って。」
「えっ?私が?」
「いいから歌って。大丈夫プライベートバージョンだ。」
すでに入っているロジャーのヴォーカルの上から私の声を入れる。
まるで熱く燃える火の上に冷たい石を乗せるような私の声、、、
昔はもう少し、温かな声だったけれども、、。
ロジャーはかまわずに
「愛しているぜ、ブライアン、、。」
録音のスイッチは入っている。ロジャーの今の声も入ったはずだ。
「愛している、、、命の限り、、、ブライアン、、。」
たまらずに私も
「私も、、、愛している、、、ロジャー。。
この命と引き換えにしても、、君を、、。」
「ブライアン、、、。」
あとは大きく息を吸う荒い息遣いと、口付けを交わす湿った音、、。
しっかりと抱き合うために不要な、お互いに身にまとった衣類を剥ぎ取る衣ずれの音が響いて、、。
「ああ、、、。抱いてくれ、、もっと、もっと強く、、、。」
肌をむさぼる舌の音、体をまさぐる乾いた音、、淫靡に怪しく響く音が、
”Ave Maria”の美しいメロディの上に重なっていく。
「ロジャー、、!私のビジュー、、、美しい私の宝石。」
「ブライアン、、俺のヒヒ爺、、、愛してるぜ、、早く、、もっと、、。」
彼をひざの上に乗せてその腰を割り指で狭いすぼまりを探り慣らしてゆく。
白い首筋に舌を這わせて強く吸い上げ、赤い痕をつけると。
ロジャーはさらに仰向けにのけぞって私の頭を抱いた。
「ああ、、、ブライアン、、愛してるぜ、、。」
さすがにここで、録音のスイッチを切って狭いコンソールデスクの椅子から
休憩用のソファに彼を抱いたまま移動した。
「いいのか、、?体は、、、。」
「、、ダーリン、、ここまで来て俺をほおり出すなよ、、。」
壮絶な流し目で私をあおるように舌なめずりしてみせる。
もう自制心も、彼の体への気遣いもかなぐり捨てて彼の中に没入して行く。
苦しげなあえぎ声さえもはや背筋をそそり上げる欲望を掻き立てるだけで、
つい昨日までの瀕死の重病人然としていた体を蹂躙することに躊躇もない。
やや冷えた肌と対照的に焼けるように熱い彼の体の中で、締め付けられながら頭が焼ききれそうな程の快感を必死で押さえ込み、彼を満足させるべく腰を動かした。
私の腰の上で体をくねらせて悶えるロジャーは歓喜の息遣いを発しながら仰向けに天を振り仰ぐ。
「ああ、、、ブライアン、、、!もっと、、。。」
私の首を抱いたままとうとう後ろ向きに倒れた。
思わず、彼の上に体が乗り上げた形になる。
「大丈夫か?」
ロジャーは上から襲われることにトラウマがあった、今までは騎乗位でそれを克服していたが、、しかし私ももう止まらない。ロジャーも、もう体の位置などどうでもいいのか、呼吸を乱しながら激しく惑乱している。
「ああ、ブライアン、、、早く、、もっと激しく、、。」
「ロジャー、、愛している。」
さらに激しく彼を攻め立てながら、
もうお互いこのまま命が果ててもかまわないとさえ上り詰める。
「殺してくれ、、早く、、おれを、、、、殺してくれ、!」
白い首筋を無防備にさらけ出して、殺せとすすり上げながら懇願する。
靄のかかったような頭でその首に指を絡めて力を込めると、ロジャーは歓喜のうめき声を上げながら達した。
「最高だ、、、。」
大きく息を吐いて失神したロジャー。
思わず首に巻きつけた指にそれ以上の力を入れそうになるのを必死で堪えて一本一本指をほどいた。
自分の体を支えることができずに意識のないロジャーの体の上に突っ伏して、荒い息を繰り返しながら彼の顔を見る、、。
こうして、いつか本当に殺してしまうのではないか?
行為の最中は、もうこのまま二人して死んでしまってもいい。とさえ思ってしまう自分がいる。あと何度こうして体を合わせられるのだろうか?
現に昨日まではロジャーは虫の息も同然だった、今日、こうして抱き合えたこと自体が奇跡に等しい。
しかし無理をさせてしまったことを後悔する。いくら迫られて流されたとは言え重病人相手に盛ってしまうとは、我ながら情けない有様だ。
とにかくいつまでもこんなところで寝かせては居られない。
ロジャーを部屋に帰さなければ。しかし外は寒い。
仕方ないが仮眠用のブランケットを数枚取り出して彼の体をぐるぐる巻きにすると抱き上げて朝の庭に出た。まだ早い時間であまり使用人も外に出ていない。急いで部屋の窓を通って室内に入った。
ジェイムズが心配そうな顔で待っていた。
「おはようございます。Drレイ。」
「おはよう、ジェイムズ。悪いが風呂に湯を入れてくれ。」
「はい、だんな様は?」
「夜中からスタジオで録音していて、、、眠ってしまった。
オレンジを食べて体がベトベトだ、、きれいにしてやりたい。
それに少し冷えている。」
ジェイムズは機敏に動いて入浴の用意を整えた。
「だんな様のお体は大丈夫なのでしょうか?」
彼の心配はもっともだ、昨日までのロジャーの様子でスタジオで録音など考えることもできなかった。
「私も驚いたんだが、、、大丈夫そうだった。
自分でオレンジまで食べていた。食欲が出たなら、、いいことだ。」
「はい。。」
ジェイムズは急に生き生きとして来た。
お食事の支度もいたします。と、キッチンに向かって行った。
目覚めたロジャーは少しだけ残念そうな顔をした。
「てっきり君が俺を絞め殺してくれたと思ったのに、、。
それにしても最高に気持ちよかったぜ。ダーリン。」
ロジャーは回復した。奇跡的に。いや、、
キャンベルが言った様に鎮痛剤に体が慣れてきたらしい。
痛みは和らげるがロジャーの体に対するダメージが大きかった様だ。
だがなんとか彼の体力が戻るとともに慣れたとのキャンベルの意見だった。
痛みを緩和して、その隙に食欲など取り戻してさらに体力をつければ、また新たな薬に挑戦できるかもしれない。一旦は完全に諦めかけていたが、ここに来てささやかな希望を取り戻すことができた。
一方私は多忙を極めた、モントルーで住むための家を探す。別荘でも借りられればいいのだが。できれば近くに大きな病院がある方が好ましい。
せめて看護士くらいは訪問ででも契約はしておきたい。
今更現地には行けないのですべて人頼みのためかスムーズに進まない。
そしてロンドンの自宅の修繕工事の手配も。家具や荷物は倉庫に預けて建築家と打合せて工事を始めると、ここはもう息子にしっかり言い含めて任せる事にした。
ロジャーの屋敷の私が使っている部屋はジャパンに行っている間に様変わりをしていた。まず部屋が広くなって私が自宅で使っていたデスクと書棚が運び込まれていた。無論書物もだ。
私が留守の間にロジャーが手配してくれたのだろう。
広くなったスペースには小さな応接セットも置かれ、私の客をもてなすこともできる様になっていて、クローゼットにはロジャーが私に選んだ服が数え切れないほど揃えられており、他にも私が自宅で愛用していた小物が揃えられていた。
ロジャーとアリサが供託して私の荷物を移動させたのだろう。
ロジャーの細やかな気遣いに感謝しながらも、ここまでしてくれても私はこの屋敷では客なのだ。ここはロジャーのテリトリー、おそらくはロジャーもこの家に居るのが一番くつろげるのだろう。
まったく出かけたがらない彼を見ていても分かる。
彼が出かけたのはジャパンとあのハンググライダーを体験しに行った時ぐらいだ。ロンドンでさえ、大学で私と会った時以来行ってはいない。
それをまたわざわざスイスのモントルーまで連れ出そうとしている。
彼の死を迎えるために、、、。
もうこれは私の個人的な思い入れでしかない。
果たしてそれがいいことなのか?ロジャーにとって家族も知り合いも誰もいないモントルーで死を迎えることが。
時折思い悩むが仕方がない、決めたことだ。ロジャーが嫌がれば無理強いはしない。
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