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灰色の瞳のとら猫のお話5
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「コラ!餓鬼っ!」
木刀は、右から左へ空を切る。
トラは、特に身じろぎもせず、低く唸り声を上げた木刀を振るう男達を暢気な瞳で見つめた。体格差は二倍以上ある屈強な男だった。筋肉と脂肪が上手く身体についていてスポーツ選手で言うとウエイトリフティングか、柔道の階級が上の方の人達のような、屈強な男が二人トラに凄んでいた。
「舐めた真似してんじゃねぇぞ!」
あっさりトラの胸ぐらを掴むと、そのままズルズルとトラを立たせる。軽くつま先立ちのような身長差にも、トラは怯む事は無かった。胸ぐらを掴む拳は、トラの頭より大きい気がした。
「おい!餓鬼っ!ウチの組で下手な真似しやがったらどうなるかわかってんだろうなっ!」
トラは、暢気に男をみていた。先ほど、龍崎と話していた時の方が、瞳に力があった。今は、微塵も感情がこもっていない。怯える事も、怒る事も無く、ただじっとその怒声を二人から受けている。
「カシラの顔に泥を塗るような真似したら、ただじゃおかねぇからな!!」
はいはい…と、トラは言った。
「分かってるよ…本間利雄を連れてくれば問題ないんでしょ?そんな怒んないでよ」
トラのその言葉に、納得がいっていないようだった。
「ああぁっ!?なんなんだその態度!」
トラの顔程の拳と胴体ほどある太い腕の男が仁王像みたいな顔でこちらを睨んでいる。普通だったら、怯えて、どうにかこの場から去ろうと考えるかこの男を沈める方法を考えるだろうが、トラは一切そんな事を考えていない。
「…あのさぁ」
トラは、掴まれている拳に手をかけた。
「アンタらが、龍崎を好きなのは充分分かったから、もう離してよ」
軽く、右手を男の腕に置いた。
「おい!餓…うわぁっ!」
龍崎の部下は、驚いてトラから手を離した。
「て、てめぇっ!何してくれてんだ!コラっ!」
ストンと床に足をつけたトラはいう。
「何って…俺の事試すんじゃないの?」
トラは、ニヤリと口角を上げた。
トラは、男の腕に手を置いたと同時に爪に仕込んでいた切れ味の良い刃物で男の腕に傷を付けた。
ほんの少し爪を立てただけでも、随分な切れ味の刃物に男は血まみれになる腕をみて痛みに気づいたらしい。
「切れ味の良い刃物は痛くないんだよ…知ってた?」
男の腕からだらだらと血が出ている。
「てめぇっ!やりやがったなっ!」
木刀が、振るわれる。大きく振りかぶった男の懐に入り、トラが男の喉元を人差し指で抑える。
「オジサン遅いよ」
うっと動きを止めた男とトラ。真横から太い腕が、トラへと伸びる。
「だから、遅いって」
トラは、身を最小限にずらして避けると男の脇腹に確実に掌底をくわえる。
「うっ」
しかし、トラの小さな身体から繰り出される掌底では、威力が弱かったようで、男への致命傷にはならなかった。
「てめぇっ」
力はあるが、動きの鈍い男は、トラをなおも追う。
そんな事はトラにも分かっていて身体を回転させる。大きな男の背中を転がるように身を翻し木刀を振りかぶっていた男から、木刀を奪う。柄の方を掴むと、簡単に奪う事ができる。誰も木刀を奪われるなんて思っていないのだ。更にトラは、木刀を奪った男の背中を思い切り背後から蹴ると体勢を崩した男は、目の前の大理石の机に、胸部を強打した。トラに腕を傷つけられた男も一緒に体勢を崩して二人いっぺんに倒れる。トラは、木刀を持ち、二人をソファーの上に立って見下ろした。
「オジサン達、まだ遊べるの?」
トラの言葉に二人は怒鳴りながら起き上がり、二人そろってトラにつかみかかった。
「おらぁっ!」
「ふざけんじゃねぇぞっ!」
相手は、ヤクザ。
けれど人を殺すことに長けているわけでは無い。トラが本気を出せば、二人どころか龍崎すら殺す事は容易い。
「餓鬼がぁっ!」
トラは、木刀を隣に投げた。男達が、勢いよくトラに襲いかかる。トラは、ギリギリまで動かずじっとしていた。振りかざした腕は、勢い良くトラの小さな身体に直撃するはずだった。しかし、男達からするとトラの起こした行動は一瞬だった。男達が腕を伸ばす刹那。トラは男達の目の前で、服の裾から出した音だけの空気銃の引き金を引いた。運動会でよく空に向かって鳴らすやつだ。屋外の運動場でさえ響き渡る破裂音を室内で鳴らす。
パァンッ!!
劈く音は、耳の奥でキーンという小さな効果音を残した。
それは、男達にとっては、衝撃だった。視界までもが白く弾けたような気がして、その一瞬の出来た隙をトラが逃すはずも無く、するりと二人の間を通り抜けると、いとも簡単に足下を払って二人を転ばせた。
「…わかりました」
龍崎は、トラのその行動をみて、思わず口を挟んでしまった。二人の部下は、何が起きたのかを理解できないまま、男達は床に転がっていた。
「おしまい?」
龍崎は頷いた。トラは、少しもの足りなさそうだった。
「トラ君の実力は、よく分かりました。…彼等も、きっとトラ君の事を疑う事は無いでしょう」
龍崎はそう言っているが、床に転がっている男達は因縁をつけそうだった。
けれど、自らの主人である龍崎がそう言うのだから、彼等も従わざるを得ないといえる。
「…そう」
トラは、ドアの前に立っている龍崎を見上げた。
「じゃあ、俺はもう行くよ」
「はい、お願いしますね」
ニコリと龍崎は微笑んでいた。その表情は引きつっていた。
トラは、至って普通にその事務所を後にした。
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