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男とすれ違いざまに振り抜いた右腕を切られ、左手で押さえてうずくまる。
倒れた旭を見て、怒りに突き動かされて突進して行ったけど、武器を持ってる奴に適うわけがない。
それに、自分の腕から流れる血の甘い匂いに、酔ったように気分が悪い。
ーーなんやねん…。せっかく旭と両想いやとわかったのに。僕の人生、悪鬼だとか罵倒されて、こんな変質者に殺されて終わりなんか…。最悪…。
あまりにも悲惨な最後に、悲しいのを通り越して可笑しくなってくる。
僕が、はは…と乾いた笑いを漏らしたその時、ドアが勢いよく開いておじさんが飛び込んで来た。
「まっ、待てっ!この子は違う!大丈夫なんだっ。俺がずっと監視してきた。覚醒しないように薬の投与も続けている。普通の、優しい良い子なんだっ。だから、今回は引いてくれ!俺が、これからも絶対に人を襲わせないようにするからっ!」
「…それは、おまえの独自の判断か?」
「そうだっ、頼む。この子は誰一人として殺していない」
「この先も殺さないとは限らない。殺されてからでは遅い」
「わかっている。だがっ…」
「こっ、殺さへんっ!」
男が刀の柄を握り直し、僕を抱きしめていたおじさんが「乃亜…」と呟いた。
「人の人生を勝手に決めんなっ。僕は、今日まで普通の人間やと思ってたんやっ。身体の弱い人間やと…っ。だけど、何となくわかった。僕は、鬼…?なんかよくわからんけど、人間やない。だって、恐ろしい爪に牙も生えてる。それに今、ものすごくあんたの首に噛みつきたいと思ってる。でも、僕はそんなことはせえへん。今まで通り、普通に暮らしていく。…おじさん、定期的に病院でしてた点滴って、僕がこうならんようにしてくれてたんやろ?」
「…そうだ。あの中には、興奮を沈める成分と、血の成分が入っている。あれのおかげで、乃亜は今まで人を襲わずにこれた」
「うん、ありがとう。じゃあこれからも続けてくれる?そしたら、僕が人間を襲うことはないんやろ?」
「もちろんだとも。それに、おまえは俺の大切な家族だ。もしも、人を襲ってしまうことがあったとしても、俺が全力で止めるさ」
「おじさん…、ありがとう…」
話しているうちに爪が元に戻り、僕は引き寄せられるままにおじさんの胸に抱かれて涙を流した。
「その点滴とやらは、そいつの吸血欲を抑えるのだな?吸血欲を抑えるということは…。まあいい。しっかりと見張るんだな。何かあれば、即座に始末しに来る」
「そんなことにはならない」
「…そこに倒れているのはおまえの息子か?三十分もすれば目覚める。ふん、親子して悪鬼を庇うなど愚かなことだ。…ところで、そいつの名はなんと言う?」
「…白波瀬だ」
「は?なんだと?そうか…生き残りがいたのか…。おいおまえ、他の狩る者にやられるなよ。いざという時は、俺が狩る」
そう吐き捨てると、男は窓から出て行った。
極度の緊張と、腕からの出血で酷い貧血を起こした僕は、「大丈夫か?」と言うおじさんの声を聞きながら意識を失った。
次に目覚めた時には、僕は、旭のベッドで点滴に繋がれていた。
ベッドのすぐ傍で、旭が僕の手を握りしめて泣きそうな顔をしている。
「旭…」
「乃亜…、ごめんな。俺、乃亜を守れなくて。父さんがあいつを追い払ったって聞いた。乃亜に怪我がなくて良かった…」
「旭こそ殴られてたやん。大丈夫なん?」
「肩を思いっ切り殴られた。でも骨に異常はないし、打撲だけだよ。紫色になってめちゃくちゃ痛いけどな…」
苦い顔で笑う旭を見て、ふと気づいて自分の右腕を見る。
確かに切られて血が流れていた筈なのに、僕の右腕は、いつもと同じように白い肌に血管が透き通って見えていた。
「ああ…そうか」
ポツリと呟いた言葉に、旭が首を傾けて僕を見る。
ーーそうか。すぐに治ったんだ。僕は本当に鬼なんだ。
旭の瞳を見つめ返して、考える。
旭は、本当の僕を知ったらどうするだろう。それでも、好きだと言ってくれる?それとも、怖いと離れてしまう?
僕は、叶うならこの先もずっと旭といたい。でもいつか、血の匂いに狂って、旭を襲ってしまったらどうしよう。
そう考えると、とても怖い。
旭が、黙り込んだ僕を心配して、何度も「大丈夫だ、俺が傍にいる」と繰り返す。
僕は、ニコリと微笑むと、忌まわしい現実から逃れるように、再び固く目を閉じた。
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