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名前の呪い②
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「ごめん…俺、なんも知らずに由来とか聞いて。」
「別に気にしてない。元の親の顔も知らないし、今の両親と仲がいいのも嘘じゃない。」
「じゃあ…唯って下の名前で呼ばれるの、嫌だったりする?」
「呼び方なんてなんでもいい。そもそもなんで由来なんか知りたいんだ?」
いくら距離感がバグっている星野だからといって、いきなり下手な話題を振ってくるのは違和感がある。名前の由来を聞かれたのにも、何か明確な理由があるような気がした。
「いや、唯っていい名前だなと…思って。」
「そうか?ユイなんて女みたいじゃないか。」
「唯は唯って感じするよ。」
「なんだよそれ。」
呆れてため息をつくと、星野は気まずかったのかそれ以上何も言葉を発さなかった。
ようやく夕食を食べ終え、容器を元の袋にしまうと星野は徐ろに立ち上がった。
「じゃあ、また明日…ごめんな、急に部屋なんて来て。」
「最初は図々しかったくせになんなんだよお前…別に気にしてないから、明日から二度と話しかけるなよ。」
「話しかけるのくらい許してくれよ。」
どうせ1階の鈴白の部屋に用があるし、星野を一人で帰らせるのも後味が悪い気がして玄関まで送りに行った。
「唯は方向音痴みたいだし、ここまででいいよ。」
「元から玄関までしか見送るつもりは無い。早く帰れ。」
「…あのさ、唯。」
「なんだ、まだ何かあるのか。」
何かを言おうとして口ごもる星野を急かすように、じっとその顔を見つめる。見れば見るほど、その容姿が整っているのを改めて実感する。
「俺の事、やっぱり星野じゃなくて竜馬って呼んでくれないかな。」
「はぁ?なんでそんなこと…まあいい、気が向いたらな。」
これ以上話を続けても時間の無駄なような気がして、特に今のところ下の名前で呼ぶ予定は無いが承諾をしてしまった。
すると予想外な事に、星野は嬉しそうにはにかんでから出ていった。何がそんなに嬉しい事なのかは分からないが、少しむず痒かった。
そんなとことより、とりあえず今は風呂をどうにかせねばならない。掲示板に貼ってある部屋割の表を見て、1階の角部屋に向かった。
101号室の扉には、鈴白伊吹というネームプレートだけがあった。全て相部屋なのだと思っていたけれど、もしかしたら寮長だけは一人部屋なのかもしれない。少し息を吐いてから、扉に2回ノックをした。
「すみません…小笠原唯です。鈴白先輩はいらっしゃいますか。」
イヴ様と呼ばれている鈴白に対して、今更どの程度の敬語を使うべきなのかわからなくなってきた。手汗をかいた拳を握り再びノックを使用とすると、目の前の扉は小さな音を立てて開いた。
「唯くん…どうしたの?」
鈴白は少し驚いている様だった。先程あのような気まずい会話をしてしまったのだから無理もない。
「こんな時間にすみません…実は…」
二度も世話になってしまって申し訳ないと思いながらも、風呂のお湯が出ないことをしどろもどろに説明する。すると、鈴白は少し考えた様子を見せてから柔らかく微笑んだ。
「もしかしたら、まだ部屋の設備の準備ができてないのかもしれないね。ちょっと寮監先生に聞いてみようか。」
寮監の職員に聞くという発想に至らなかった自分につい驚く。最初からそうすれば良かったものを、何故また鈴白に迷惑をかけてしまったのだろうか。
「すみません、最初からそうしていれば…。」
「いいんだよ。僕は寮長だし、大切な後輩のためならなんだってするよ。」
まただ。この気持ちの悪い優しさは、嫌な気持ちになる訳でもなく、理由の分からないざわめきが胸を埋めるようだった。
鈴白の部屋を離れ、再び玄関の方へと戻った。
寮監を前にして、鈴白は俺が話そうとするのを制して代わりに口を開いた。
「寮監先生、430号室の設備の事でお話があります。」
鈴白はあくまで優しく柔らかい口調で話していたが、どことなく見えない圧を感じるような気がした。
鈴白がシャワーのことについて説明をすると、寮監は焦ったように机の引き出しに入っていたノートやパソコンを確認し始めた。
「その…申し訳ない、鈴白くん…点検業者が来るのが明日になっていたみたいで、今日はまだ…」
「謝るべき相手が間違っていますよ。」
「す、すみません!…小笠原くん、だったね。本当に申し訳ないんだか、今日のところは他の部屋のシャワーを借りて欲しい。」
「他の、部屋の…ですか。」
原因が判明したことだし、取り敢えずは大丈夫だけれど、他の部屋と言われても編入生に友達などいるわけが無い。
「勿論青葉寮の友達でもいい、少し門限を過ぎても特別に許可するよ…ほら、さっき来てた星野竜馬と友達なんだろう?」
「いや、あいつは別に友達では…」
「大丈夫ですよ先生、唯くんには僕の部屋のシャワーを貸します。」
鈴白は寮監と俺の間を分かつように後ろから伸ばした手を机につき、こちらを見て僅かに微笑んだ。鈴白の発言に俺だけでなく寮監までもが驚いている。
「鈴白くんの部屋に編入生を…本当にいいのかい?」
「ええ、大丈夫です。他の者にはちゃんと言いつけておくので。」
寮監が焦っている理由も、鈴白の言う「他の者」というのも何も理解ができない。何か言葉を発するまでもなく、鈴白に腕を引かれて部屋まで連れ込まれてしまった。
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