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千尋の父が女中に見送られて一千花の家を後にしたのを確認すると、千尋は履物を脱いでそっと部屋の中に忍び込んだ。
千尋は、疲れたのか静かな寝息を立てる一千花から少し離れた部屋の隅に座って胡座をかく。
以前会った時より幾分か痩せてしまった一千花は血色の悪い青白い顔で眠っていた。
そこに、いつも軽口を叩いている一千花の姿はなかった。
千尋は徐ろに立ち上がると一千花の傍に再度座り込む。
自分のような強気で男らしい顔付きとは違う、可憐な少女のような端正な顔がそこにあった。
初めてマジマジとみた顔は思っていたよりもずっと綺麗な顔だった。
思わずその頬に触れて親指を白い肌に滑らせる。
熱を持った頬は体温の低い千尋にとって酷く熱く感じた。
すると一千花の目が不意にゆっくりと開いて千尋を捉えると驚愕に見開かれる。
「っえ、千尋なんで…」
「…最近、全然うち来てねぇだろ」
「悪い、風邪引いちゃって…」
「…風邪でいつまで寝込んでるつもりだよ」
「…千尋?」
千尋は一千花を睨み付ける。
一千花は千尋の態度に違和感を感じて困ったように顔を顰めながら上体を起こす。
そんな一千花を見た千尋は床を拳で強く殴りつけた。
「…本当のこと言えばいいだろ…!?なんで…なんで何ともなさそうな顔してんだよ!急に来なくなったと思ったら病気だぁ?巫山戯んなッ!俺の為とか言って、何勝手に俺の気持ち極め付けてんだよ!いつもいつも分かったような顔して、千尋は強くなるとか上から言ってんじゃねぇよ!神様は不公平だなんだ言って俺を羨んでる暇があんなら、意地と根性で病治してみろよ…!…俺はお前にまだ勝ててねぇ…、絶対に勝ち逃げなんて許さねぇからな…!」
そう捲し立てて千尋は荒い呼吸を繰り返す。
自分でも、何故ここまで腹が立っているのかが分からなかった。
ろくに話したこともなければ友達ですらない相手に何故こんなに感情的になるのか、ただひたすらに胸が苦しくなった。
すると突然目の前の一千花の目から一筋の涙が溢れ出す。
嗚咽をあげる訳でもなく、無音の涙が一千花の頬を伝う。
それを見た千尋はギョッと目を剥いて動揺してしまった。
一千花も千尋の反応に自分が泣いていることに気付き指先を目元に当てる。
「あ…あれ?あはは…何これ、止まらないな」
一千花は何度も何度も目を擦るが涙は止まることを忘れてしまったかのようにとめどなく溢れ、布団に染みを作った。
「ごめ、ごめん千尋。なんでもないから、ほんとに。すぐ止まるから…、っ…見ないで…」
そう言って俯きながら顔を隠す一千花の肩は微かに震えていた。
千尋はどうしたらいいのか分からなかった。
混乱した頭のまま、一千花に向かって手を伸ばす。
「…泣くなよ一千花…、」
漸く出た言葉と共にぎこち無く背中を摩っても一向に一千花の涙が止まることは無く、丸まった背中はとても頼りないものに見えた。
千尋は一千花の頭を胸に引き寄せて何度も髪を撫でる。
「…ごめん一千花、ごめん…」
千尋にはもう謝る事しか出来なかった。
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