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宣戦布告
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リン……
耳に馴染んだ音色。
こんなに澄んで気持ちのいいおとを、おれはひとつしか知らない。
……ト、オト……
振り向いた。
またお前か、と思う一方で、身体は自然と声の主を捜す。
……オト、ごめん……ごめんな。
こんなの、嫌だよな。
お前はいつも、おれを、おれ自身を、まっすぐ見つめてくれるのに……
リン……
……なぁ、オト?
永遠なんて、ないのかな。
お前もいつかは、おれの前から、いなくなってしまうのかな……
…………
……
「……ひとにも、猫にも、永遠なんてものは、ないよ」
それを信じる程、おれはもう子どもじゃない。
あなただって、そうだろ?
……あなたは一体、なににしがみついているんだ?
「…………」
天井の木目が懐かしいと思った。
ぼんやりとする頭のままでまばたきして、首を回すと、隣の布団が空っぽなのが目に映った。
「今何時だろ……」
ちゃんと寝たはずなのにいやにすっきりしない。
からだを起こそうとしたけど、外気の冷たさにそんな気はあっさり失せてしまった。
せっかく休みなんだし……
もう少しくらい寝てたって誰も怒らないよな?
ふわふわの羽布団を頭までかぶって、おれは暖かなまどろみに身を委ねた。
…………
……
「……みーたん!!!」
ばんっ!
「!?」
びくっとからだが跳ね上がる。
反射的に身を起こすと、扉の前で真っ赤な顔をして、姫和がおれを睨んでいた。
「みーたん、わたし、みーたんには負けないからね……!!」
そしてそんな宣戦布告を残し、おれがぽかんと口をあけている内に
姫和は走り去って行ってしまった。
「……」
……なんだったんだ、今の。
「あ、起きた?」
「ああオト……」
開け放たれたままの扉から、オトがひょいと顔を覗かせた。
「早いな」
「なに言ってんの、もうお昼だよ。
退屈だったから、ちょっと外散歩してきた」
「ふーん。
この辺、なにもなかっただろ?」
「そうだね。
おれたちの視点から見れば、生きるのには好都合だけど。
空気も綺麗だし、のどかだし。
現に、ここに棲む野良猫はみんな穏やかで満ち足りてるようだった」
確かに、ひとの住みやすいように歪められていないこの場所は、動物たちにとっては好都合なのかもしれない。
たった一年過ごすだけで、都会の景色はめまぐるしく移り変わるけれど
ここはおれが幼かった頃から、少しも風景を変えない。
「ここ、気に入った?」
「んー……
猫の姿だったら、いーかもね」
「そっか」
特別この場所が好きというわけでもないけど
自分の育ったところを好きになってもらえたら、なんとなく嬉しい。
「みーたん、オト君、ごはんですよー!」
「ーーミキのごはん、おいしーよね」
昼食を終えて二人で廊下を歩いているとき、ふいにオトが呟いた。
「オト、姉ちゃんの手料理好きだよな」
「うん、好き。
ミコトは、あんまり作らないよね」
「苦手なんだよ……
せっかく野菜とか仕送りしてもらってるし、まともなの作れればいいなと思うんだけど……」
「ふーん。
そういえば、ミコトの家って農家なの?
そうは見えないけど」
「いや、近所に農家があってさ、母さんがそこのひとと友達で、よく差し入れてくれるんだよ。
いつも二人じゃ食べきれない量もらうから、その分がおれや姉ちゃんに回ってくるんだ」
「なるほどね。
……ところで、あんたはさっきからなにやってんの?」
「は?」
オトが立ち止まり、うしろを振り返る。
なんだろうと思って後ろを見ると、廊下の柱のかげから姫和がおずおずと姿を現した。
「……あれ?姫和?
お前、呼んだのに部屋から出てこないって姉ちゃんが心配してたよ」
「……付き合ってないんだよね?」
「え?」
「なら、わたしにも可能性はあるよね?」
「は?
なんのはなし……」
「みーたん、オト君はわたしがもらうからね。
オト君はわたしの……わたしの、運命のひとなんだから!」
そう叫んで、姫和はまたさっきのように、走って行ってしまった。
「…………オト?」
「なに?」
「いや、なに?じゃなくさ……
姫和となにかあったの」
「なんか、おれのことが好きらしーよ」
「………………」
姫和が?
オトのことを?
「……好き?」
「うん。
朝散歩してたらたまたま会って」
「たまたま会って?」
「告白されたの」
「告白されたの?」
「うん」
「……なんでそうなる!?」
「おれに聞かないでよ」
「ええー……」
つまり、姫和はオトのことが好きで……
だけどオトはおれのことが好きだから、おれからオトを引き離すために、おれに宣戦布告してきたと……
…………ん?
「……オト、姫和になに言った!?」
「なにって、ありのまま」
「ありのままって」
「おれはミコトのことがすきだから無理って」
「それで?」
「付き合ってるのかって聞かれたから、そういうわけじゃないって」
「な、なるほど」
それで、姫和は一体どこでオトを好きになったんだ?
まだ顔を合わせて二日だし、それにオトが姫和に好かれるようなことをしていたようには……
つうかむしろ、おれは嫌ってると思ってたんだけど?
「意味が分からない……」
「それはこっちの台詞ー」
まあ、どうせ明日にはここを出ないとならないし、姫和もまさかついて来たりはしないよな……
顔を合わせる度に睨まれるなんて、たまったもんじゃない。
「あいつ、またなんか勝手に思い込んでるだけだと思うからさ……
適当に相手してやってよ」
「えー、めんどくさ」
……本当に、なんで好きになったんだか。
「みーたん、ちょっといい?」
「姉ちゃん?」
手招きされて、首をかしげる。
丁度明日帰るために荷造りしているところだった。
「ちょっとこっち、来て!」
「なんだよ……
オト、ちょっと行ってくる」
「んー」
オトを部屋に残して、姉ちゃんのあとをついていく。
人気のないところまで行くと、姉ちゃんは目をキラキラさせながら、がしっとおれの肩をつかんだ。
「ひよりん、オト君に告ったんだって?」
「……なんで姉ちゃんが知ってるの」
「ひよりんに相談されたのよ。
どうしたらいいか、ってね。
うふふ、あの子って意外と強かよねぇ〜」
「いい迷惑だよ……」
げんなりするおれに対し、姉ちゃんは快活に笑う。
「みーたんって本当、苦労性よねぇ。
だけどね、みーたん!
これは二人の愛が深まるチャンスだと思わない?」
「はぁ?」
「うふふ……姉ちゃん、二人の愛を試させてもらうわよ。
ひよりんには悪いけど」
「はぁ!?
つうか、おれ明日には帰るし、そんな」
「それなら心配いらないわよ!
あたしから志真(しま)さんに連絡入れといたから」
「…………え?」
実は、おれの姉ちゃんの同棲相手……
そのひとは、おれのバイト先の店長なのである。
東京に出てアルバイトを探していたときに、姉ちゃんが店長におれを紹介してくれて、それ以前にも彼とは交流のあったこともあり、店長は快くおれを雇ってくれた。
だからといっておれが特別扱いされることなんてあり得ないし、ましてや姉ちゃんが口を挟んでくることなんて、今まで一度もなかった。
なのに……
「連絡って、なに言ったんだよ!?」
「皇子翔は年末年始実家で過ごすことになったから、お休み下さーい
って言ったら……駄目って言われたけど、諦めないでお願いしたら折れてくれたわよ!」
「ちょっと待って、年末年始って……!
そんなに休むわけにはっ」
「大丈夫!
みーたんが今まで頑張って働いてきた分、有給にしてもらったから!」
「なにが大丈夫!?」
「いい?みーたん。
これはあなたへの試練よ。
あなたはオト君を心から信じているか……
オト君はあなたを心から愛しているのか……
きっと、分かると思う」
「はあ……?」
「頑張ってね、みーたん。
うふふ……」
……おれに、どうしろって言うんだ。
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