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曼珠沙華3
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────レトルト視点────
ズキリ、と突然頭が痛んだ。
…二日酔いと言うやつだろうか、昨日は調子にのって飲みすぎたな。
酒はそんなに強くないのに。
そのせいか記憶がほぼとんでしまっている。
昨日のことを思い出そうとしても頭が酷く痛むだけで何も出てこない。
唯一思い出せるのは、彼の儚い笑顔と桃の香りだけだ。
…彼、キヨくん。
彼の笑顔が頭から離れてくれない。
「…綺麗な人だったな」
知らず知らずのうちにため息が出ていたらしく、手元の紙が少し揺れた。
墨汁の先から雫が垂れ、書きかけの文に黒い染みをつくる。
… あーあ、書き直さないと。
昨日兄様に遊郭に連れていかれたせいで、お返ししないといけない文がまだ書き終えられてない。
送る相手は俺の婚約者の姫君、だ。
結婚相手ぐらい自分で決めさせて欲しいのだが。
あちらは多分俺の事を好いてくれているのだと思うが、どうもあの姫君とは合わないんだよな…。
一生を共にする相手なら、もっと自分の芯を持った人…例えば、キヨくんみたいな人がいい。
筆をはしらせながらそんなことを考える。
結婚相手に送る文を書きながら他の人、ましてや遊女のことを考えているだなんて…父上に言ったらどうなる事やら。
俺にも、キヨくんみたいな強さを分けて欲しい。
父上にも、国にも縛られないで自由に生きられる強さが。
突然強い風が吹いて、俺の髪を巻き上げた。
驚いて筆を止めると、目の前を小鳥が3匹飛んでいった。
どこからか甘い桃の香りがする。
まるで華胥の国にでもいるような気持ちになりながら、俺は空を見上げる。
(華胥の国…中国の皇帝の黄帝が夢の中で見た理想郷)
…キヨくんに会いたいなぁ。
────キヨ視点────
とん、とん、とん
とん、とん、とん
「あっ!!」
「ん?」
閉じかけていた目を開けると、足元に鞠が転がってきていた。
「すみません姐さん!それ、ほうって貰えませんか」
ぱたぱた、とこちらにやってくる足音がして、禿の1人が顔を覗かせた。
今日は俺の指名が無いからか、2人で手毬で遊んでいるのだろう。
いくら遊女の見習いとはいえ、まだ幼い女の子だ。
「なぁ、あとひとつ鞠あったろ。ちょっと俺に貸してくれないか」
「いいですよ、姐さんも一緒にやりますか?」
「ちょっとだけ、な」
ころころと転がされた鞠をとり、俺は立ち上がる。
久しぶりだな、鞠で遊ぶのなんて。
10年ぶりぐらいだろうか。
着物の裾をつかみ足をあげると、禿達が小さく悲鳴をあげた。
「姐さん、お着物が崩れてしまいますよ!手毬じゃないのですか」
「いいんだよ、俺は今日指名入ってないしな。それに俺は蹴鞠の方が得意なんだ」
ギリギリのところまで裾を捲り、足に鞠を落とす。
右足、次は左。右、左…
とん、とん、とん、とん。
「わあ…!」
「姐さん蹴鞠上手なんですね、知らなかった」
大きく蹴りあげて背中に鞠をのせてみせると、小さく拍手をする2人と目が合う。
きらきらとした目が少し気まずくて、俺はすぐに目を逸らしてしまった。
「もう1回やって貰えませんか!?」
「大したことじゃねぇんだけどな…よいしょっと」
とん、とん、とん、とん…
右足、左足、右、ひだり…
みぎ、…あっ
すぐ側で遊んでいた禿の鞠が俺の鞠に当たる。
鞠は細く開いていた襖の間を通って、廊下へ出てしまった。
「あ、すみません!」
「いいよ気にしないで。あの鞠取ってきてもらえる?」
「ただいま!」
階段を鞠が転げ落ちる音が微かにした。
…あー、これ1階まで取りにいかなきゃなんねぇやつか。
「やっぱりいいよ、俺が取りに行く。」
「え、でもあたしが落としちゃったものですし…」
「君達が取りに行くとまた女将さんに叱られるよ、遊ぶなーって」
その点、俺はあの人に一目置かれてるから大丈夫だろうしね。
申し訳なさそうな禿の頭を撫で、俺は階段へ向かった。
…あ、あれだな。
3つ程階段を降りたところに菫(すみれ)色の鞠がぽつんと落ちていた。
1階まで落ちてなくて良かった。
花魁道中までまだ時間はあるし、この時間に花魁が外にいると変に思われてしまう。
小さくため息をつくと、目の前の鞠が誰かに拾われた。
「あ…」
「これ君の?はいどうぞ」
店で働いてる使用人か誰かだろうか。助かったなぁ。
「おう、ありがとな……、、、えぇ?!」
「どうしたの、そんなに驚いて。」
なんで、の言葉を寸前で飲み込み、俺は慌てて三指をつく。
「…失礼致しました、レトルト様。先程の無礼な行為、お許しくださいまし」
薄い色素の髪の男は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
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