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窮地5
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ナイフを握る母の手を思わず振り払えば、彼女はバランスを崩して尻を着いた。その拍子にナイフが母の手から零れ、少し離れた場所に転がる。
互いに呆然と見合ったのは、ほんの僅かな時間だった。
逃げるという選択肢を思い出した少年の身体が逃げを打つ前に、獣のような素早さで彼にのしかかった母が、少年を地面に押さえつける。
少年の身体はあのときよりもずっと大きくなった。だから、母の細い身体を押しのけることくらいならできたはずだ。だが、どうしても身体が動かない。それが恐怖によるものか、他の何かによるものなのかは判らなかった。
金縛りにでもあったかのように指ひとつ動かせない中、こちらを覗き込んできた母が、ごくごく近い距離から少年を睨むように見つめてきた。
ああ、うつくしいかんばせがこの上なく歪んでいる。まるで鬼の顔だ。こうやってうつくしいものが醜く成り果てる姿は、途方もなく怖気がした。そしてそれをさせたのが自分であるという事実に、やはり少年は深く懺悔する。
生まれてこなければ良かった。
自分の汚さが母を歪め、うつくしいものを穢してしまったのだ。到底、許されることではなかった。
「ご、め……んなさ……」
母の白い手が、ゆらりと伸びてくる。その両手が向かう先を、少年は知っていた。
「――――死ね、化け物」
細い指先が少年の首にかかり、そして彼女は、一切の加減を知らない力でもって彼の首を絞め上げた。
白む頭に呪詛が流し込まれていく。重苦しく粘ついた焼けるような殺意が、少年を溺れさせる。そこで少年は唐突に、自分の手が硬い何かを握っていることに気づいた。自分の意思ではなく動く指が、それを強く握り締める。一体何を握っているというのか。こんなものは、少年の記憶にはない。
……ああ、いや、それは違う。本当は、少年は知っている。握り締めた切っ先が、この後どうなるかまで、全て知っている。
だって、これで、『あの子』は、おかあさんを、
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