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電車を乗り継いだ。
途中、何度も怖くなって振り向いたりしたけど、課長の姿は見えない。
20分もすると、気持ちも少し落ち着いてきた。
最寄駅で降りて山野さんの家の近くの調剤薬局に、たかお先生が出してくれた処方箋を出した。
もちろん、初めての調剤薬局だから問診から始まる。
お薬を処方してくれる調剤薬局は、街中にたくさんあるけど、同じ処方箋を持って行っても会計が変わるって、知らない人は結構多い。
調剤薬局の処方箋を扱う量(一概にこれだけじゃないけど)で調剤基本料が変わってくるし、後発医薬品体制加算といって、ジェネリックのお薬をどれだけ調剤しているかにもよって、加算額が変わってくる。
もちろん、おくすり手帳を持参したかしないかでも薬剤服用歴管理指導料が変わるんだ。
医療機関のことを勉強してるから知っているけど、法律は複雑で。
「胃が痛まれるんですか?」
「そうなんです。」
複雑だけど、この仕事は嫌いじゃない。
みんな働いている人は真剣で、真っ直ぐだ。
でも。
渡した問診票をチェックしている薬剤師さんが顔を上げた。
「おくすり手帳はお持ちですか?」
「はい、スマホの中にあります。」
「では、QRコードのついたものをお出ししますね。」
アプリで管理していれば、手帳の紛失もない。
お薬を飲んで、寝よう。
色々考えんの、もう、シンドイ。
痛む胃を摩った。
山野さんの匂いのするベッドで寝たら、気持ちも落ち着くかもしれないし。
「甲斐さん。お待たせしました。」
「はい。」
出来上がったお薬の説明を受けながら、ポケットのパスケースをギュッと握った。
------------※ ※ ※------------
山野さんの気配のする部屋に籠ると、パスケースを取り出した。
中身を出して、ゴミ箱に入れるか迷った。
・・・これ、初任給で買ったんだった。
はじめてのお給料は特別だ。
お母さんにもお父さんにも、本当に少しだけど気持ちを込めて夫婦箸をプレゼントした。
残りの生活費と相談しながら、社会人になった記念にパスケースを買ったんだ。
初任給だから、全然お金がなくて。
本当はお財布が欲しかったけど、我慢した。
その日から、毎日毎日一緒に過ごしたパートナーを捨てるのは勇気がいった。
使っていくうちに、柔らかくなっていく皮。
手にしっくり馴染んで、お気に入りだった。
・・・あとで、もう一度考えよう。
ゴミ箱の蓋を閉じると、洗面所で顔を洗った。
冷たい水が、ぼんやりとした頭をスッキリさせていく。
おれ、どうなるのかな。
退職願、書くことになるのかな。
濡れた顔をタオルで拭いて、鏡を見つめた。
弱々しい顔が見つめ返してきて、苦しくなった。
寝よ。
こんな時は、寝るしかない。
山野さんの匂いのするベッドに潜り込んで、おれはギュゥゥっと瞳を閉じた。
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