アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
7
-
「えっ、えっ、えっ、お兄さんいるの!」
彼が驚いたことに、僕こそ驚く。微かな違和感。椅子のきしむ音。
「いるよ」
「だっ、えっ、………………」
「冠婚葬祭で会ってるはずだ。目立つしね、あいつは」
「っ…………うん」
「テレビで観たことない?」
「テレビ?」
「ああ、今の若い子はテレビなんて観ないか。テレビっていうのはね、」
まずブラウン管というものがあって、と説明しかけた僕に、いや違うテレビは知ってるからテレビを観たことはあるから、と倫太郎は口早に言う。どれだけ他人の感情にうとい人でもこれは簡単に答えられるというレベルの典型的な態度。早口。いつもより少しうわずった声。瞳孔。こめかみの緊張。指先の硬直。
可哀想なので、解放してやる。もともと焦らせるつもりはなかった。
「官庁の役人だよ」
「あ、へえっ、うん」
「…………会わないか。あいつも人付き合い悪いしね」
「えー、えー、………………覚えてない、かな、うん」
まだ混乱したまま、倫太郎は最後のひとかけらを口に運ぶ。兄のがよっぽど食べ物にうとい。夏ならもっと爽やかなものを選べばいいのに。子供なら甘いものだろうと、使いを寄越したその意図は計り知れない。本家に対する媚か、弟のリハビリを案じてか、きっと、僕がいくら考えてもその全部が正解で、僕の愚鈍な思考の域の外に真意はある。本人にはどうせ何を言っても馬鹿にされるので会話はしない。
「お兄さん、名前なあに?」
「令史」
「ああ、……あ、あー。なんか、ああ、うん。駄目だ混乱する」
コーヒーを一気に飲み干して、倫太郎は盛大に溜め息をついた。
「だって名探偵一人っ子じゃん。…………そうだよね兄弟いたよね。なんかリアルと小説ごっちゃになる」
「本当に一人っ子だったらこんな自堕落な生活出来てないよ」
「そうですねそうですよね。誰が家業やってんだって話……そっかあお兄さんかあ。あー、なんか、頭からスッポ抜けてた」
「いいよ別に。あれとは対して関わらないし」
「仲良くないの?」
「…………………良好だよ。紆余曲折の末にお互い一切関わらない結論に達した」
「仲悪しじゃん」
「適切な距離感と言えよう」
「言えないよう」
困り顔の子供は僕を見る。
「そーいうの、ケッテレッティーウンムルウンベンベって言うんだよ」
「え、なに?」
「ケッテレッティーウンムルウンベンベ」
「どこの言葉?」
「カッタリィーヤ語」
「もう一度言って?」
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
33 / 387