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交差する視線
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雨の日は嫌いだ。初恋を思い出すから。
自分以上に大きなジャンプ傘をさして恋人を迎えに駅までの道を急ぐ。
水たまりに靴を濡らしつつも、ズボンの裾はまだ無事だ。
土砂降り、というほどではない。
しかし髪の毛が湿度の高い今日のおかげでくるんとなるのは必然だった。
恋人とは高校時代からの付き合い。
あれだ。初恋の相手に告ったがフラれ、しょぼんしてる時に『俺を見てよ』の言葉にぐらつき体の関係になり、ずるずると好きになっていった。
そして今の『セフレ以上恋人位』という関係の出来上がり。
しかも同性というからどうしようもない。
まぁ、あいつの事は好きだし。
時々わがままで不器用で面倒なところはあるけど、好きが勝る。
何言ってんだろ自分。
ちょっとノロケた事を考えると頬が緩む。
そんな顔を傘で隠して、恋人が待つ駅に向かった。
駅に着いた俺は携帯を操作し、文章を送る。
帰ってきた答えは『もうあと一駅で着く』。
恋人はまだついてないらしい。
もう一駅なら五分くらいだ。
俺は彼の乗る電車の着くホームで待つことにした。
そのホームは二つの列車が止まれるくらい縦に広いホームだ。
まだかなと、携帯をちらちら覗く。
この『待つ』と言う時間は本当に長い。
ため息を1つついた。携帯の画面にも飽きたので、ふと顔を上げると向かい側のホームにいた人と視線が重なった。
俺は目を見開いた。
雨は嫌いなんだ。あいつの死を思い出すから。
俺の初恋の相手は重病を患っていた。
現代の医学ではどうにもできなかった。
せめて最後まで、と。
せめて最後まで好きでいた俺は、彼女の最後を看取った。
その一年後、俺はクラスで初恋の相手とそっくりな笑い方をする彼に出会う。
雰囲気もそっくりな彼に好意を抱くのは必然で。
少しでも接点を持とうと思ったが、死んだ彼女の顔がちらついた。
俺は彼に彼女の面影を見てるだけだ。
彼は彼女じゃない。似てるだけであって別人だ。
天国で俺を見守っていると思う彼女に失礼だし、彼にも失礼だ。
そう思いながら過していたある日、彼に俺の初恋を話してしまった。
その日もこんな雨だった。
話したあと彼は泣きながら俺のことが好きだった、と切ない声で告白してきた。
その時の泣き顔が彼女にそっくりだった。
もしこのまま申し出を受ければ、俺は彼にずっと彼女の面影を見てしまう。
彼女を愛するのであって、彼を見ないことになる。
そんな恋は、辛い
だから俺は彼を申し出を断った。
「ねぇ?ぼーっとしてどうしたの?」
俺の腕には新しい彼女がいる。
小さくて、守りたいと思えるほどの。
新しい彼女には初恋のことを話した。そして一緒に泣いてくれた優しい、優しい女性だ。
俺には勿体無いと思える程の。
「初恋を、思い出してた。」
「そっか、雨、だもんね。」
言葉を綴り暫しの間無言。
いきなり彼女は両手で俺の頬を軽く挟むように叩いた。
乾いた音が駅のホームに響く。
「めそめそしない!そんなんじゃ天国のあの人に笑われるよ?彼女の幸せの分、あなたが幸せになる!だから悲しい顔はこれで終わり!」
笑顔で俺を励ます彼女の行動は、自分の陰気を吹き飛ばすのに十分だった。
「ごめん。」
つられて笑顔になりながら謝る。
そして、電車はまだかな、とふと顔を上げた時だった。
向かい側のホームにいた人と視線が重なった。
あの時と同じ、俺の名前を呟く唇。
心臓が跳ねる。
こみ上げる思いは、涙になって溢れそうになる。
早く視線を外してくれ。目を、そらしてくれ。
そんな俺を助ける様に、ドラマみたいなタイミングで来た電車。
「お迎えさんきゅー!」
ホームに人が増えるなか、電車から出てきた彼は人前なのに俺を抱きしめた。
いつもなら振り解くところだが、今日はさっきの出来事があったため動揺していた。
「どったの?あっきー」
俺を愛称で呼ぶ彼に、「さっきあいつがいた」と伝えると、そっかとだけ呟いて俺の手を引きながら歩き出した。
「今の彼氏の前で昔の初恋を思い出した罰として今日は麻婆豆腐な!」
「お前昨日も麻婆豆腐だったじゃん」
普通にしてくれる彼に、安心した。
そして、こんな軽口を言える位時はたったのだなと思った。
ドラマみたいなタイミングで来た電車に遮られた視線。
彼女のどうしたの?と言う声になんでもないと伝えた。
電車に乗って隣同士座席に座る。
初恋の彼女とフった彼を思い返しながら今の彼女の頭を撫でた。
彼女は俺を見て笑顔を見せる。
そして頬をつねってきた。
「いたひいたひ」
手を離すよう訴えるが離そうとしない。
そして限界まで頬を引っ張られ離される。
なんとも言えない痛みが頬に走った。
「これと、あといつもの店のソフトクリームで許す!」
多分、俺が他の人の事を考えていたことに嫉妬したのだろう。
そんなところが可愛いのだ。
電車がホームから少しずつ遠ざかるように、忘れることはできないが、過去を少しずつ思い出に変えれればいい。
そう、思った。
雨は嫌いだ。あの日を思い出すから。
あの、冷たい瞳を。
雨は嫌いだ。彼女の死を思い出すから。
そして、彼の初恋の終わりを思い出すから。
二つの思いは重なることはなく、雨の音に消えていく。
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