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Battle
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楽しい時間というのはあっという間にすぎていく。気がつけば日は傾いていて、そろそろスーパーに買い出しに行かなきゃなぁ、と考えていたら、庄司くんもそう思ったのか「スーパー、行こか」と声をかけてくれた。
「包丁握ったことも数えるぐらいしかないさ。多分調理実習ぐらい」
「うそやん、今までどうやって生きて来たんかナゾやわ」
「母さんとか姉ちゃんとか作ってくれてたから甘えてたんだって。今もそう、庄司くんが作ってくれるの有難く頂くだけだしさ」
「ええやん別に、それが多分普通なんやろし?しかしそんな古賀が料理な〜」
「だって!俺、バカだから庄司くんが喜んでくれること全然わからないんだもん!」
「アホちゃう、その気持ちが嬉しいんやんか」
自分よりはるかに下に位置する庄司くんの頭、髪がふわりと揺れて大きい目が俺を捉えた。そしてニカ、と笑われるともう釘付け。あざとさもない、狙ってもない、普通に可愛くないのにきゅんとする、死にそうになるぐらい庄司くんの行動のひとつひとつに恋を自覚していく。
おかしい人だなぁ。
がめつい人間だと思っていたのになぁ。自分自身のことに関してはわりと無関心、そしてなにも「欲しがらない」。
愛も、恋も、人肌も、きっと庄司くんには必要ないんだろうな。んー、難しい、難しい人を困らせてるのは俺のこの感情と推しの強さ、か。
「でもさ、うちの母さんや姉ちゃんの作ったご飯より庄司くんの作ったご飯のほうが俺はすき」
「まじで、俺天才ちゃう?煽ててもなんも出やんで、わかってると思うけど」
「煽ててねーし!ほんとのことさ。庄司くんは誰に教えてもらったの?料理。やっぱおふくろの味受け継いだーってやつ?」
「へっへっ、ちゃうちゃう、おふくろおらんって前に言わんかったっけ?バイトで覚えただけやって」
聞いていいこと、ダメなことの境界線が薄い。庄司くんは自分を語らないくせに、自分の境界線を見せてはくれない。いつのまにか踏み入って、傷つけてないか不安で仕方ない。今だってそう、ご両親がいないことは知っていたけど、いつからいないかなんか知らない。この人はいつから一人だったんだろう。
なんでこんなに、カッコイイ人なんだろう。
夕焼けに当たって、庄司くんの頬にオレンジが落ちている。チビでアホみたいな顔してるくせに、横顔はめちゃくちゃ大人びていて、やっぱりこの人は俺よりずっと大人なんだと再認識させられた気分だった。
「あ、なんか暗い雰囲気?」
「え、っと、聞いていいかわかんないけど、いつから…?」
「?ああ、いつから親おらんのかって?何て言うたらええんやろ、…んー、はじめから?」
庄司くん、普通に笑ってるけど俺は笑えない。まじかよ、どうやって生きてこれたんだよ、とかそういう感情が先走る。自分には一生わからない孤独と庄司くんは戦ってきたんだと思うと胸が痛くて、ごく、と唾を飲んでいるあいだ、なんて言おうか考えていた。
「なあ、同情とかするんやったら要らんからな。別に親おらんからってめっちゃツライとかそんなんもないし、いうて気楽やし?」
気楽なわけがない。
親がいないって、守ってくれる人がいないのと同義なのに。アンタは知らないだけだ、親という存在の大きさを。
それなのに、親は無償で愛情をくれる唯一の存在だって俺に言ったのは確か庄司くんだった。その頃の俺は反抗期と思春期の境目にいて、庄司くんのその言葉さえも理解できなかった。この人はきっと最高の環境で育ったんだとばかり思ったいた。だから事実を知った時、ふつうに嘘だと思ったんだ。
おかしい話だよね、持ってる人より持ってない人の方が有り難みや必要性をわかっているなんて。俺は最近になってようやくわかったよ。上京して、ようやく家族の暖かさを理解した。一人でこの地にきたわけじゃないのに、親元を離れるのはただただ、恐ろしかった。
俺に、大事なことを教えてくれるのは、教科書でも学校の先生でも家族でもなくて、いつだって全部庄司くんだ。
ずっと一人で生きるための努力と技術を身につけた、この人だけだ。
「ま、産んでくれただけありがとーやな!生きてるだけで丸儲け、っていうか、生まれただけで丸儲けや!」
この世に自分を一番に思ってくれる人がいない世界は、どれほど暗かったんだろう。
どれほどアンタを苦しめたんだろう。
なのにどうして、そう、かっこいいセリフを言えてしまうんだろう。
アンタの強さの根源はどこ?
なにがアンタを支えてる?
どうしたら、俺にもたれかかってくれるの?
そんな汚いこと考えてたら、また庄司くんを傷つけるね。
「庄司くん、今日は二十歳の誕生日だし、いつも酒とかタバコ売ってくれるコンビニじゃないコンビニで酒とタバコ買ってきてよ」
「は?なんで?」
「百パーセント年確されるから、ドヤ顔で免許証叩きつけてほしいなー」
「お前ほんまに俺のことすきなん?バカにしてるよな?ええで、ムービー撮っといてや」
「あはは、俺が買うとき年確されなかったらウケんね」
「お前は大人っぽいからな。顔も中身も。」
「うっそ!?中身も!?やったぁ!」
「俺に猶予、くれてるやろ」
「、え?」
「ええねんで、気 使わんでもな」
庄司くん、ずるい。
アンタはずるい。
俺の中、ぜんぶ見透かしてずるい。
大人ぶって、ずるいよ。
俺の好意、鬱陶しくないの?
アンタを苦しめてるのは、この重い重い愛情でしょ。わかってるんだよ?
でも身を引くことはできない。どうしても欲しいから、アンタを手に入れるために我慢してるだけ。猶予なんてかっこいいものじゃない、俺のワガママしかこの時間には詰まってない。
俺が好きって言えばいうほど、アンタの首が絞まっていくのに、それをいいって許してくれるのはどうして?
なんで自分を苦しめる選択を、あえて選ぶの?
ズパッとフってくれていいのに、アンタは絶対そうしない。生殺しの飼い殺し。俺はだから諦められない。
初恋はアンタじゃなかった。
だけど初恋より恋しいんだから仕方ない。
俺はきっと、この世のどんな生き物よりもしつこい。
そんな俺はアンタに、どこまで甘えてもいいの?
「古賀は難しいこと考えやんでいい。ぜーんぶ俺が受け止めたるからな」
すき。だ。
恋だ。
愛だ。
だから敢えて傷つける。
だから敢えてアンタを試す。
こんな俺が一体どう見たら大人にみえるんだろうか。
これは、
「いいよ、俺を選ばなくても」
嘘だ。
庄司くんは俺の言葉を耳に入れたはずなのに、特別驚いたようすもなく前を向いている。スーパーまでの距離はあとどれぐらいだろう、あと5分もしないうちに着くはずなのに、自分が言い放った無理のある虚勢が心臓に重くのしかかる。手のひらに汗が滲んだ。耳の後ろから後悔が聞こえる。嘘をつくことは今まで散々してきたはずなのに、どうして、初めて親に嘘をついた時のような罪悪感が体の中を駆け巡る。
庄司くん、ごめん、ねえ、なんか言って。どうしてなにも言ってくれないの、聞こえてなかった?そんなはずないよね。どうして、なんでもない顔をするの。
不安。
俺、バカだよね。
多分アンタに嫌われたら、もう生きていけない。それぐらいアンタが欲しいのに、別に俺を選ばなくてもいいなんて言ってしまった。恋の駆け引き?今朝の俺の考えはなんだったんだ、バカか!駆け引きなんて無駄、すげー無駄!!
押してダメなら引け?
引いてダメならどうすりゃいいんだよ!
隣。俺と庄司くんは並んで歩いてる。距離は、庄司くんの肩が時々俺の腕にあたるぐらい、近い。
この距離は、昨日今日知り合った人間の距離じゃない。俺だったら信用できない人間の側をこんな、なにされてもいい距離で歩いたりしない。用心深くて賢くて警戒心の強い庄司くんのことだ、きっと俺より付き合う人間は慎重に選んできたはずだ。
その庄司くんの隣を、こんな近くで歩いてる。俺はこの人に信頼されている。それだけで凄いことだと思うべきなのに、なんで欲をだしてしまったんだ。なんで利用しようとしてしまったんだ。なんで漬け込もうと思ってしまったんだ。
なんで今日、アンタのハートを奪うつもりでデートしなかったんだ…!
あーーー俺のバカ、アホ、マヌケ…!今更そんなことに気づいても時間は当然もどってこない。このあいだの焼き鳥屋も、今日のデートも、まるっきし先輩後輩のソレ。友達同士のソレ。恋人のソレじゃない。
恋人だと認められてないんだから当然か、いやちがう、そんなわけない。庄司くんは、俺の気持ちをバカにしたりしない。今きっと、真剣に悩んでくれてるに違いない。なのに俺は、迷わすような言葉を自分で選んで意図して発した。
もうやだ、ばか、やっぱりこんな俺が大人なはずがない。欲しいものが手に入らないから拗ねてる子供と大差ないよ。
「古賀、スーパーついたらカートひいてや」
「…え?あ、うん、庄司くんはカゴに乗る?」
「誰が赤ちゃんみたいにちっこいや!しばくで!俺は食材選びに集中するんじゃ」
「主婦みたいだね」
「そら、お前と俺やったら俺が嫁やろ。こんなでかい嫁は要らん」
「………ね、さっき俺が言ったセリフちゃんと聞こえてた?」
「聞こえてたで、古賀を選ばんでもええみたいなやつやろ」
「き!こ!え!て!た!な!ら!ちゃんと返事してよ、俺めっちゃドキドキしてたのに!」
「はあ〜?なに?ドキドキするとこどこにあったん?」
「あったよ!アンタを突き放すみたいなこと言ってさ!死にて〜ぐらい思ってた!」
「ほな初めから言うな!俺がお前を選ぶか選ばんかなんか俺が決める、そんなもん当然やろ!そんなもんいちいち『古賀ちゃ〜ん、俺が古賀を選ばんでも怒らへん?』みたいな許可取らんわボケか!」
「お、おっしゃる通りで…」
「ほんで俺は!どっちかというと今のところこのまま絆されてもええかなーと思ってんねん!それは全部今日のお前次第やな!」
「は!!!!!!!??????なにそ、な、なん、え?!なにそれ!?」
ちょっと初耳すぎて声が裏返った。え、なんて!?
「せやから情けないツラすんな、かっこいい顔してたほうが好印象やで!」
「ご、ご、合コンか!?合コンのプロみたいなアドバイスか!?」
「おもんないな!3点減点じゃ!」
「減点式!?やだ今の所何点なの!?」
「100点満点中8点やな」
「ひっく!」
ケラケラと、庄司くんが笑う。
なんか、やっぱ、俺って情けない。
アンタが俺にくれるものは、いつも明るい世界ばっかりだ。
「んじゃ、あと92点、俺の初カレーで加算してもらえるように頑張るね」
「おー、期待しとくわ。手ぇ切らんようにな」
ごちゃごちゃ、考えて。
可能性を潰すぐらいなら。
なんどもアンタを困らせて、なんども好きだと言ったほうがいいのかもしれない。
これは駆け引きじゃない。嘘でもない。
恋の攻防戦、だ。
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