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【一歩】-1
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芹澤智明は腕の中で小さく寝息を立てている幸平のうなじにそっとキスをした。擽ったそうに身動いだ幸平の手はそれでも智明の手を離さない。愛おしいその手の温もりに、智明の意識は次第に深い眠りへと誘われていった。
時折リビングからきこえてくる物音に智明は薄く目を開けた。部屋の中はぼんやり暗いが、カーテンの隙間からはすっかり高くなった日が漏れ入り、フローリングの床に一本の光の道をつくっている。それは入り口の扉まで続いていて、まるで智明の進むべき道を指し示しているようだった。
腕の中の幸平はとっくに抜け出たようで、男二人が寝るには狭いベッドも、こう広くなってしまっては逆に居心地悪く感じてしまう。光に導かれるまま扉を開けて廊下に出ると、智明の体をふわっと芳しいコーヒーの香りが包んだ。
リラックス効果があるというその香りを胸いっぱいに吸い込んでから、キッチンに立って真剣な眼差しでドリッパーに湯を注いでいる幸平の腰に手を回す。
「おはよ」
「あぁ起きたんだ。もうすぐだからソファーに座ってて」
つい数時間前まであんなに乱れていたとは思えない涼しい顔で幸平はそういうと、今は智明に構っていられないとばかりに再びドリッパーの中のコーヒー豆と睨めっこを始めてしまった。
智明は仕方なくソファーに腰を下ろしてテレビの電源を入れた。特に興味もない番組ばかりだったが、それをダラダラ見るのが休日の醍醐味であると智明は思っている。
こんな一見無駄に思えるような時間を過ごすことが何よりも贅沢だと気づいたのは、一体いつのことだったか。社会人になり、仕事に追われる日々を過ごしている内に、いつしかそのありがたみが身に染みてわかるようになっていた。
智明はそっとローテーブルに置かれた幸平と揃いのマグカップを手に取った。隣には幸平がソファーを軋ませ座っている。ぴったりとくっついた左半身から幸平の熱が伝わってくるようで、智明の心音は僅かに高鳴った。
淹れたてのコーヒーを口に含むと全身に幸せが広がっていく。それは幸平の淹れてくれたコーヒーが美味しいのもあるが、幸平と同じ空間の中にいることを実感できるからだった。この緩い朝の時間を共に過ごすことが、二人の週末のルーティンのようになっていた。
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