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敗北 -15-
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櫻井自身、昨日の今日で、自分がこんなにも落ち着いた気持ちでこの部屋に戻ってくるとは思わなかった。
木田の言葉のおかげで覚悟を決められたというのもあるが、それだけじゃない。黒宮の方も、なんだか昨日より、肩の力が抜けて見える。
「なぁ、ここに来るまで、何回信号に捕まった?」
天井を見上げたまま黒宮が尋ねた。唐突に、何の質問だろう。
「さぁ、そんなに気にはしてなかったけど。3回以上はありましたかね」
「俺、あれがすごい嫌いなんだよね。こっちは動くために移動してるってのに、いちいちあんなのに止められてさ」
「……気持ちは分かりますけど、それを口に出す人は初めて見ました」
「だってイヤじゃん、俺は何でも青信号じゃないとイヤなんだよ」
上体を起こした黒宮は、ボンヤリと宙を見上げていた。
「世界が全部、俺の理想の通りに動けばいいのに」
「………………」
いっそ清々しいほどの我儘を、大の大人が真顔で訴える。櫻井はまさかここに来て、こんな体験をすることになるとは考えもしていなかった。
「分かってるよ、全部を全部理想通りにするのはさすがに無理」
黒宮の視線が向いて、完全に呆れ果てていた櫻井は気を立て直した。
「だから的を絞るの。誰を理想通りに動かせば、一番効率よく、多くの信号を青にできるか」
「……それが例えば、香月さんですか?」
「そうそう、アレは馬鹿だけど顔はいいし甘え方は上手い。この世界じゃ頭の良さよりよっぽど重要なものを持ってるよ。武上は逆に愛想とか以前の問題だけど、俺が言ったことはこれ以上ないくらい綺麗にこなしてくれる。重宝してるよ」
他人に対し道具みたいな評価の仕方をするのを聞きながら、不思議と櫻井は、そこに嫌味を感じることは無かった。
黒宮の語り口は、異常なほどに悪意が見出せない。
「……で、その武上さんの仕事の話を、聞かされるもんだとばかり思ってたんですが」
聞こえない。
そう言わんばかりに黒宮は櫻井から目を逸らして、ゆっくりと瞬きをした。
昨日感じていた不吉さとはまた違う、でも正体の掴めない予感。ここにいて当然とばかり思っていた武上の不在、そこからくる違和感かと櫻井は考えた。
「あんたは、自分の身近な世界だけでも理想の王国にしようとしてるんですか」
櫻井は黒宮からの返事を諦め、もう1つ、話の流れで抱いた感触を質問に変えた。
「そうだよ。実際、自分が見えてない部分の世界なんてどう動こうが知ったこっちゃないしね」
「ならその王国で、俺をマネージャーに置くのがあんたの理想だって言うんですか?」
また、答えは無い。
櫻井は、自分がどうして今日ここに来たのか、分からなくなってきた。せっかく覚悟が付いたというのに、何を黒宮とのお喋りなんかに興じているのか。
この展開も彼のために用意された、青信号だけの道の一本なのか。
「お前は」
櫻井が思案するなか、黒宮の口が動いた。
「櫻井くんの役目は、俺の理想から外れることだよ」
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