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dumpsite 3
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「な…んで…」
目の前にある、──6枚のお札。
「金ちゃんと持ってたぞ、あの野郎」
ズズズ…とココアを飲み、うまっとこぼしている。
俺がカップを持ったままその六万円を見て固まっていると、状況を説明しだした。
「お前らが揉めてたのは、ココの裏。会話全部筒抜け」
再びココアを口に含み、話を続ける。
その間、俺はじっと金を見つめたままだった。
「まぁ、最初は聞き流してたんだけど、だんだん雲行き怪しくなってきてよ。
案の定出てったら、お前がぼっこぼこにやられてたっつー感じ?」
ズズズ…と響く、ココアを飲む音。
そのままほっておいて良かったのに。俺が何をしているか、聞いていたのに。
売りなんてやってる奴を……わざわざ助けくれたのか。
「…ありがと」
「ふっ…どーいたしまして」
まぁ、飲めよ。
そう言われて、俺は手に持っていたカップを口へ持っていく。
「っつーかさ。お前アホだろ」
「は?」
突然なんの脈絡もなくそう言われ、俺は目の前の男を見る。
「頭わりぃな。金は最初にもらっとくんだよ。基本だろーが」
「…は?」
何を言って…え?
口を開け目をパチパチさせていると男はマヌケな面、と笑う。
「いいか?
金は最初に巻き上げとかなきゃ、あの野郎みたいに逃げられっぞ。
っつーか、その前に客をちゃんと見極めろ。人を見る目を養え。
あんなちゃらんぽらんそうな奴、適当に逃げそうな感じバリバリじゃねぇか。
それから、喧嘩の仕方を覚えろ。そんで目で人をビビらせられるぐれぇになれ。
今のお前じゃノラ猫が睨んでるぐれーだぞ。
それに体調管理はちゃんとしろ、体が資本だろうが。
あと、客に跡なんかつけさせんじゃねぇ。跡つけさすと野郎はつけあがる。
ちゃんと客を律しろ。売春なめんじゃねーぞ、コラ」
──俺は今、何を言われているんだ?
ポカン…と口を開けたまま、しゃべり続ける目の前の男を見ていた。
「おい、聞いてんのか?」
俺からの反応がなかったからか、ジロリと睨まれる。
「いや、聞いてるけど…ってか、何…?」
「いや、何って。アドバイスしてやってんだろ?」
当然、と言わんばかりの顔。
「は?アドバイス?…何で?」
「俺も昔やってたから。」
「は?」
「お前、素人だろ?俺が教えてやるよ、売りのやり方」
そう言って、笑った。
あの時の顔…オモチャ見つけた子供みたいな顔だったな。
アレがきっかけで俺はちょこちょこココに顔を出すようになって、真吾さんからは色んな事を教えてもらった。
今のルールは、真吾さんに相談した結果出来たものがほとんどだ。
喧嘩の仕方を教えてもらい、喧嘩慣れしてくるとおのずと殺気というものが身についた。
母さんに似た俺は、体の線が細く…力では勝てないことを知った。
昔から武道に携わっていたため、人体の急所は熟知している。
持ち前の動態視力と瞬発力を使い、相手の弱点をつき沈めてきた。
酒も覚えた。俺はどうやら酒には強いらしい。
いくら飲んでも吐いたり、気分が悪くなったりはしない。
ちっとばかし酔いはするけどな。
真吾さんと出会わなければ、もっとキツイ売春の仕方をしていたかもしれない。
それを思えば、あの時相手にしたあのちゃらんぽらん野郎に感謝かな。
アイツがちゃらんぽらんなおかげで、真吾さんに会えたんだから。
あの時カウンターに投げられた六万円。
それを俺は受け取らなかった。
不甲斐ない自分が悪い。だからいらない。アドバイス料代わりにアンタにやるよ。
そう言えば真吾さんは、やっすいアドバイス料だな、って言って笑った。
真吾さんは何も聞かなかった。売りを始めた理由も、俺自身についても。
体がホカホカにあったまった俺は風呂から出て、勝手に真吾さんのシャツとズボンを引っ張り出し身につけた。
ベッドにごろんと寝転がると、ガチャっとドアが開いた。
「真吾さん、服借りたー」
「おぅ。ほら、飲め」
そう言ってサイドテーブルに置かれたのは、あの日入れてくれた、湯気のたつホットココア。
寒い真冬はもちろん、くそ暑い真夏でも、出されるホットココア。
──真吾さんの、大好物。
思わずクスっと笑い、ココアに手を伸ばす。
「何笑ってんだよ」
そばにあった椅子に座り、こっちを睨んでくるも…飲んでいるのがココアじゃ締まらない。
「いや…相変わらずその図体にココアって似合わないなぁって」
「うっせ。ウマイだろーがココア」
「うん。おいしい」
その言葉に満足そうに頷く真吾さんに、また笑いがこぼれた。
「相変わらず、お前はシャワー浴びてこねーのな」
もう店も閉店にしたらしく、お風呂に入った真吾さんは窓を開け煙草の煙りを揺らめかせていた。
「…まぁね」
「まぁソレがお前にとっての儀式ってんなら、しゃーねぇけど」
俺は苦笑い。
窓際に佇む真吾さんを見遣る。服を着ていても分かる、筋肉質な体。
あの日、俺が驚いた事実を思い出す。
「…未だに真吾さんがネコだったなんて、信じらんない」
そう。その体つきから、俺は完全に真吾さんをタチだと思っていたのだ。
『ねぇ。タチで売春してて、需要あんの?』
『あ?ネコに決まってんだろ』
『え゛?!』
あの時はマジで驚いた。
「何度も言っただろ。俺にだって美少年な時代があったんだよ」
いや、想像できないんだけど。
そんな逞しい体つきと、威圧感たっぷりのオーラと、鋭い目つきしてて美少年とか。
真吾さんが、いつの時代に売りをしていたかなんて知らない。
懐かしそうに話す姿から、けっこうな年月が経っているのかもしれない。
というか、真吾さんが一体いくつなのかすら…聞いてない。
まぁ、何歳でもいいんだけど。
見た目、30ぐらい?
まぁ、見た目ってあんま宛になんないからなぁ。
俺みたいに。
「たまに抱かれたいとか思わないの?」
「いやぁ、ねーなぁ」
売りをしていた時、必然的にネコになっていた、と真吾さんは言った。
確かに金を払うから後ろに突っ込んで、なんて客は滅多にいない。
逆に金を払うから突っ込ませろ、って奴は結構いたりするんだ。
男を買うからって、別にゲイやバイな奴らばっかりじゃない。まぁ、大半がそうだけど。
中には、ノーマルだけど興味があって買う奴だっているんだ。
自分と同じ¨男¨を掘ってみたいって欲求。
だから圧倒的に、ネコの方が需要がある。
真吾さんは客に突っ込まれながらもずっと、¨あー、俺ってタチかも¨と思っていたらしい。
…どんな心境なんだ、ソレ。
鋼の心臓だよな、真吾さんって。
真吾さんは、今や完全なタチ、らしい。っつか、女もいけるんだっけ?
「なんか…スゴイよね、真吾さんって」
「今頃気づいたか?抱いてやってもいいぞ?」
「お金払ってね」
「知り合い価格で、半額でいい?」
そんな冗談も言い合える、真吾さんとの関係は曖昧で。
でも、この空間は居心地がいい。
「もう寝ろ」
「うん。ベッドごめんね」
「気にすんな」
俺の頭をひと撫でし、真吾さんは部屋を出ていく。
それからすぐに睡魔が襲ってきて、抗うことなく俺は目を閉じる。
──あ。
真吾さんとの、関係。
師匠と弟子。うん、ピッタリかも──
そんな事を考えながら、俺は深い眠りへと堕ちていく。
翌朝。
出されたホットココアを飲みほし、俺は店を後にする。
消えている、ネオン。
¨dumpsite¨の文字。
『ねぇ。店の名前って、¨ゴミ捨て場¨ってこと?』
『あ?ありゃ¨掃きだめ¨っつーイミだよ』
『掃きだめ…』
『ココにゃ、ピッタリだろ?』
──俺にとっても、ピッタリだと思った。
アンダーグラウンドに生きる者の行き着く場は、¨掃きだめ¨。
ほんと、ナイスなネーミングだよ、真吾さん。
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