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forget me not 02
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勢いを増した雨音。短いリズムで繰り返される呼吸音。
ジトリと濡れた部屋着姿は、駅のホームや電車内、人々からの奇異の視線の的になる。
しかし、溢れ出そうな感情に突き動かされている聡は、そんな視線をものともしなかった。
弱冷房の車両の中で、ブルリと小さく震える。
目的の駅に到着すると、先ほどと同じ道のりを辿る。
向かうのは成美のマンションだった。
雨に晒されると、ただでさえ冷えていた疲労気味の体力を少しずつ削っていく。
空腹が、更に体力ゲージの減りを活性させた。
成美に対しての気持ちは、友情を越えものなのか。
そもそも自分達は、友情に辿りつけているのか。
一般論ではどうかと問われると、分からない。
成美の思いとは異なるものかもしれない。
グルグルと考えはまとまらなかった。
それでも、顔を見て、もう一度話したい。会って確かめたかった。
喉の奥底から、鉄の味が込み上げる。
降りしきる雨でジトリと濡れた前髪に視界を遮られ気味になっていたが、目的地にどうにか到着した。
震える指先で、成美の居るであろう号室の番号を押す。
あとは<呼出>を押すだけだった。
グッと唇を噛み締め、押そうとした、その時だった。
― カシャッ!
雨音の中、場違いなシャッター音が聞こえる。
振り向くと、そこには少し大きめな傘を差し、こちらに携帯を向けている人物が居た。
「近付くなって、忠告したのに」
「た…じま…さん?」
「ストーカー」
「!いや、これは、違…」
「ストーカー!」
少し大きく荒げられた声に、グッと息を飲む。
「どっか行って!もう近付かないで!迷惑なの!!」
睨んでくる田島の目元を見て、聡はギョッとした。
それは雨ではなく、間違いなく彼女の目から零れ落ちていた。
泣かせて、しまった。
人生で初めて女性を泣かしてしまったショックに、聡は言葉を失う。
「…迷惑…なの…お願い…」
フルフルと小さく震える肩。
確かに、自分は成美の事は嫌いでは無い。
でも田島と同じ気持ちかと問われると、直ぐに肯定はできなかった。
分からないまま、自分は何を伝えにきたのだろう。
成美の気持ちに答えられる自信も無い。
姉と似ていると発せられた言葉。
近しい人間が自分しか居ないから、情が移りすぎて麻痺してしまったのでは無いか、と疑心暗鬼になる。
先ほどまでの燃え滾るような衝動が消えていく。
か細い声で「ごめん」と残すと、聡はゆっくりと、走ってきた道を戻り始める。
自分の存在が、徐々に恥ずかしくなっていく。
田島や八木、涼太。
忘れろと最後に聞いた、成美の言葉。
「忘れられたら…俺…」
ポツリと呟かれた言葉は、幾つもの雨粒と共にアスファルトに叩きつけられ、誰にも聞き取られる事は無かった。
その後、濡れ鼠で帰宅した聡は、母親の怒号すらも上の空だった。
直ぐに風呂に入り身体を温めて眠りについたが、翌日、高熱を出して休む羽目になった。
体調が回復したのは、それから3日後の事だった。
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