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五話
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side:矢口
嫌いなら優しくしないでほしい
嫌いならほっといてほしい
諦めようとしてるんだから
これ以上期待させないでほしい
諦めようとしてるんだから
「矢口先生」
聞き覚えのある声に名前を呼ばれ
机に顔を伏せて寝ていた俺は目を覚ました
そんな俺を起こしてくれたのは
俺が居眠りする原因である更科先生
側に置いてあった電子時計で
時間を確認すれば午後十一時過ぎ
ぼんやりとしていた頭が
その瞬間にフル回転され状況を理解
俺は思わず勢いよく立ち上がった
終電に間に合わないとバタバタしていたら
「送りますよ」と更科先生の言葉
思ってもみなかった言葉に
俺は目を丸くするしかなかった
駅まで走るから大丈夫ですと言っても
送りますよの一点張り
押しに弱い俺は頷いてしまったわけで…
俺は更科先生の車の助手席に座り
音楽もラジオも流れてない
車が走る音のみが響く車内で
真っ暗な窓の外を眺めていた
俺は気まずい空気を切り裂こうと
目線を更科先生に向け
「あのっ…」と口を開いた
「ありがとうございます…色々…」
「いえ、珍しいですね
矢口先生が居眠りだなんて」
「…ちょっと…最近寝れてなかったので…」
「そうなんですか…
無理しないでくださいね」
「っ…ありがとうございます…」
社交辞令だとしても
"無理しないで"という言葉に
少しときめいてしまう
ときめきつつお礼を言いながら
"貴方のせいなんですけどね"と
心の中で小さく呟いてみた
心の中で呟くだけじゃ
何も起こるはずなく
車内は再び沈黙に包まれた
前までの俺なら話したいこと
たくさんあったのに
更科先生の「嫌い」という言葉を
聞いてしまった日から
全てに関して臆病になってしまってる
これ言ったらうざがられるんじゃないか
もっと嫌われるんじゃないかとか
そんなことばっか考えてしまって
思い付いた話題も言えない
コーヒーを淹れるのだって
ホントは迷惑かもしれない
だけど更科先生は
俺がコーヒーを淹れるたびに
普段誰にも見せることのない笑顔を俺に向けてくれる
それが嬉しい、嬉しすぎるから
大してうまくもないコーヒーを淹れる
これが俺なりのお詫びなのかもしれない
そんなことを考えていたら
いつの間にか視線は更科先生に向いていた
丁度信号で車が止まり
ちらっと俺を見た更科先生と目が合う
いつも通り目をそらしてしまい
俺が再び更科先生を見たのは
車が走り出してからだった
車が走り出してしばらくすると
更科先生は小さく咳払いをし
「矢口先生」と口を開いた
「は、い…」
「もうすぐ駅ですけど
ご自宅はどのへんですか?」
「え、あのっ…駅までで大丈夫ですよ…?」
「最近世の中物騒なので
ご自宅まで送りますよ」
更科先生の気遣いに
顔が何故だか少し熱くなった
それと同時に目頭も熱くなる
なんでそんなに優しくするんだろう…
そう考えてるとどんどん視界がぼやけた
更科先生に気付かれないように
コートのフードを深く被り目元を隠した
「っ……駅までで…大丈夫、です…」
声が震えないようにゆっくりと言葉を発す
それでも声は震えてしまっていたのだろう
更科先生は車を走らせる速度を落とし
急いで片手でポケットを漁る
「いや、ご自宅まで送ります。」
そう言って更科先生に差し出されたのは
綺麗に折り畳まれたハンカチだった
「え…」
中々受け取らずに躊躇っていると
更科先生はハンカチを俺の膝に投げ
「ご自宅はどのへんですか?」と再び問うた
俺は膝に置かれたハンカチを
ぎゅっと掴むと自分の家までのルートを
小さな声で説明した
「あ…ありがとうございました…」
自宅マンション前にて
車から降りる前にお礼を言うと
更科先生も「いえ」と頭を軽く下げた
俺は車から降りドアが開いた状態で
「いつか必ずお礼します」と頭を下げた
そう言い「おやすみなさい」と
ドアを閉めようとした時
「じゃあ、食事に行きませんか」
「…え…食事…?」
「嫌ですか?」
「い、いえっ…!!」
そう頭を横にブンブン振れば
更科先生が少し笑った気がした
「都合の良い日がありましたら教えてください」
そんな更科先生の言葉に
小さく「はい」と返す
「それではおやすみなさい」
「お、おやすみなさい…」
ドアをゆっくりと閉めれば
更科先生が手を上げて小さく会釈
俺は渡された紙とハンカチを握りしめ
しばらくその場に立っていた
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