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遅くない_2
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言葉が出ないくらい激しく口づけされて、ぐったり力が抜けた僕はバスタオルに器用に包まれて、そのまま寝室に運ばれた。
触れちゃいけないのに、僕はまた体を預ける。
その体温を全身で受け止めてどうしたらいいのかわからないまま優也さんを見上げる。
「そんな顔してると襲われるって何度も言ったはずだ。襲われたくないなら隙をみせるな」
意味が、わからない。
僕は優也さんが欲しくてたまらないのに。
襲われたいくらい、なのに。
でも、もう…
唇に指を当てられて、自分が唇を噛んでいた事に気付く。
「噛むな。傷つく」
自分が怪我をしたみたいに悲しい瞳を向けられていて、こっちまで悲しくなる。
悲しいのは、もう忘れなくちゃいけないから。
もうこんな機会は訪れないから。
最後に、もう一度…もう一度だけ…
「襲って、くれないんですか」
そんな悲しい顔しないで笑ってください。
僕に思い出をください。
「っ…。泣くな。」
「泣いてませんっ」
ふんわりと微笑まれて抱きしめられる。
「俺は、お前を逃がす気はない。お前が誰を思っていても、だ。」
その独占欲が自分に向けられていると思うとゾクゾクする。快楽に等しい感覚。
でも、それを受けるべき相手は、きっと僕じゃない。
独占欲は愛情と一緒にあるべきものだ。使う所を間違えば誰かが傷つく。
優也さんは間違えてる。
「ただし、清算できる関係は清算してもらう。」
清算するような関係にある相手は優也さんくらいしかいないんだけど…
「俺がいつでもお前の相手をしてやる。必要のない相手は全部切るんだ。」
できるな?と聞かれて、ゆるゆると首を横に振る。
だって、その申し出はもう受けられない。
「…ナツヒコがそんなに大事か」
ぎょっとして顔を見上げる。バスルームで見た自嘲気味な笑いを浮かべている。
どうして、そんな表情で僕を見るの。
ナツヒコが誰か分かれば、苦しまなくてすむ?
それさえ言えばそんな悲しい顔をやめてくれるの?
優也さんにそんな顔、似合わない。
…
悲しい顔の優也さんを見つめて、頬に手を当てる。
じっと僕の挙動を見つめる瞳。
僕を足の間に座らせて向かい合わせて。背中は痛い程がっしり掴まれている。
姿を消せば、自分から逃げたと優也さんは思うんだろうか。
それは嫌だな。
せめて、悲しい思いをしないで欲しい。
この人はどうして、こんなに僕の気持ちに分け入ってくるんだろう…
言うしかない、とあきらめて笑顔を貼付けた顔を向ける。
「…夏彦は、腹違いの兄です。僕は、逃げてきたんです。兄から。逃げなくちゃいけないんです。もう一度、彼らに捕まえられたらきっと普通に生きてはいけない。だから…」
捕まれば、あの部屋に閉じ込められてもう外には出られないかもしれない。
暗い和室…
精神を病んで衰弱するまで閉じ込められた母のように。
砂場で転んだ後みたいに口の中がじゃりじゃりする。
口にしたくない説明だからなのか、知られたくないからなのか。
アノヒトの名前を自分の口から出した事で震えてくる。
自分で呼び寄せてしまっているようで恐ろしい。
「だから、だから…」
喉がつまる。
優也さんから離れます。
という一言が。どうしても口から出ない。
それを言わないと伝わらないのに。
「お前の体に傷をつけた相手って訳か。」
背筋がぞくりとした。
どこからでているのか、地の底から響くような低い声。
怒らせるつもりじゃなくて。
アノヒトの事で優也さんに迷惑をかけるつもりもない。
「ごめ、んなんさいっ。だから僕…」
もう消えますから。
カチカチと奥歯が震えている。
暗い過去が口を開けて待っているような気がする。
優也さんの頬に当てていた両手を引いて自分の震えを止めたくて胸の前でクロスさせる。
ガタガタと震えてしまうこれは、悪い発作だ。
「ごめんなさ、い。すぐ、すぐに止めっ…」
顎をすくわれて唇が包まれる。
力の入らない口の中にぬるりと舌が入ってきて自分の意志でとめられなくなった奥歯の間に舌がはさまってくる。止まらない震えが、優也さんの舌を噛んでしまう。
「ふぉ、めんなさ、んんっ」
謝りたいのに、これ以上開かないくらい口を開かれて舐め回されていて、ちゃんと言えない。
熱い、熱い体温が流れ込む。
ほんの数秒の事なのに体はポカポカと暖まる。
「愁、こっち向け。俺だけ見てろ。俺は誰だ?」
「ゆうや、さん。」
「俺が恐い?」
ゆっくりと首を横に振る。
不思議と震えは止まっていた。
「俺から逃げたい?」
驚いてその視線を見上げる。悲しそうな瞳。
かわいそうだとか、思ってる?
優也さんは独占欲を向ける相手を間違えてる。
それは、その視線は、愛情じゃなくて、かわいそうな人を見る目だ。
一夜限りにするつもりだった相手が、レイプ未遂にあって、熱を出して、かわいそうな過去があって
…
ひとつ大きく深呼吸をしてきちんと言葉にする。
「同情なら、いらないです。僕は、一人でも大丈夫です」
指で涙をぬぐわれて、抱きしめられた。
裸の胸に直接耳を当てて聞く優也さんの鼓動は規則的で、ほっとする。
「わかった。わかったから泣くな。誤解して悪かった」
誤解は解けた。
これでおしまい。
これで、心置きなくここから、去れる…
これでこの夢はきれいな思い出として残せる。
そうでしょう?
僕はもう、行かなくては。
最後に、もう一度だけ。
そう願うのは我が儘だろうか。
見上げたまま近付いて唇をそっと重ねる。
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