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暗い部屋_5
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「無視してんなよ。人の部屋に勝手に入ってくるな。」
夏彦がわめく。
緩んだネクタイを振り解こうとするけど、うまくいかない。もがきながら口の中に入れられた布を吐き出す。
「げほっ、げほっ、…どうして…」
僕の言葉に小さく首をかしげて聞き返される。
「ああ。打ち合わせが長引いて帰りが遅くなったんだ。ただいま。」
た、ただいま?
涼やかな瞳をしたまま優也さんがこちらに向かってくる。
「で、愁。そちらはどちらさまだ。そんな格好で一体何をしている。」
全裸でいるからか、肌に突き刺さってくるような怒りのオーラ。
無断で帰ってきたのが悪かっただろうか。
クリーニング代を置いてこなかったのは失礼だった、とか。
「愁、答えられないのか。それとも邪魔だったか…」
数歩先で立ち止まった優也さんが不審気味に苦笑いをする。
慌ててぷるぷると首を振って答える。
「…アニ、です」
願った人が手を伸ばしたら届く所に現れるなんて…
これは夢?
「じゃあ、それが、ナツヒコだな。」
僅かにトーンを落とした声が怖くてただ、コクンと頷く。ネクタイを後ろに隠した夏彦が慌てた様子でこちらを振り向く。
「余計な事言うんじゃない。健康診断は終わりだ。服着ろ。帰るぞ。」
散らばってしまっていたジャージを投げつけられる。
「健康診断、ね。愁、こんなヤブ二度とかかるなよ。ほら服着て。おかえりなさいのキスは?」
な、何。おかえりなさい?キス?
ぼうっとする視界で必死にその姿を捉えながら、放り投げられたジャージを抱えて立ち上がる。
「…おかえりなさい」
しゃがんだままの夏彦が低い声を出す。
「はっ、男同士で恋人ごっこでもしてるのか。だいたいあんた誰だ。コイツは一人暮らしのはずだ。不法侵入だろ。」
声を荒げる夏彦が僕から視線を離している隙に、もぞもぞとジャージを着てパンツをさがす。
背中から垂らされたジェルがべたべたして気持ち悪いけど、この際どうでもいい。
「この部屋は俺と愁の部屋だ。鍵を開けて帰ってきたのが証拠だろう。兄だというなら常識的な時間にきちんと連絡を入れて会いにこい。」
もっともな意見。
鍵はどうして持っていたのか謎だけど。
言い返せない夏彦を見るのは初めてだった。
助かる、かもしれない。
この場さえ乗り切れば、とりあえず優也さんの演技に付き合って、その後お礼を言おう…
「くそっ、オマエは僕と帰るんだ。帰らないなら全部バラすぞ。」
その言葉に足が固まる。
知られたくない。知らないままでいて欲しい。
せめて思い出だけはキレイなままであって欲しい。
「バラせばいい。俺は恋人の事は何でも知っておきたい主義なんだ。」
こ、恋人って…
男同士でそんなっ、そんな事、弱みにしかならない。
世間的に見たら異端な性癖。異端者は排除されるのが世の常だろう。
優也さんの邪魔にだけはなりたくないのに。
よりにもよって夏彦になんか弱みを晒すような事して欲しくない。
「ははっ、ずいぶんイケメンだと思ったらホモかよ。僕の奴隷をずいぶん可愛がってくれてるみたいだけど連れて帰る事になったんで。お世話さま。」
スクっと立上がった夏彦が僕の頭を押さえてお辞儀をさせる。
奴隷、ドレイ、どれい…
そうか。何年たっても僕は奴隷のままなのか。
この奴隷制度から解放されるのはいつなんだろう。
パシン
乾いた音が狭い部屋に響いて頭を押さえていた力がなくなる。
視界の端っこに優也さんの手が見えた。
「君がどう考えているのか興味もないが、愁に気安くさわらないでもらおうか。」
その手が流れるまま僕に向かってきて、がっちりと優也さんに引き寄せられた。
ああ。あったかい…
思わずうっとりと目を閉じる。
それを見て冷ややかな笑い声が聞こえた。
「何言ってるんだあんた。…ソレがどういう存在なのか知ってるのか」
馬鹿にするように笑っている夏彦を見てぞっとした。
バラすつもりじゃないだろうか。
ずっとそうだった。僕が嫌がる事は何でもやりたい。そういうヒトだ。
「やめっ、やめてっ。兄さん。」
僕が喚くのを嬉しそうに眺めたあと
「家に、帰るよな?」
真っ赤な唇を真上に引き上げて、ニヤっと笑う顔を見た。
いつか影絵でみた悪い鬼の顔だ。
僕が実家に帰ると言うのを待ってるんだ。
帰ったら、今度こそは確実に追いつめられるだろう。
それでも、ここで優也さんにバラされて嫌われる方がずっとつらい…
優也さんに引き寄せられた体を離そうとした。
でもそれはかなわず、逆に強く抱き寄せられる形になってしまう。
「随分変わった事を言うんだな。日本に奴隷制度は存在しない。帰国子女でもないはずだが」
そう言うと高価そうな鞄からA4サイズの茶封筒を取り出して中から分厚い書類を取り出した。
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