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02話 泣かせ上手、笑わせ上手なお手紙です
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ぜぇはぁと息を切らしながら駅にたどり着いた俺は、素早く切符を購入し早足にホームへ向かう。
時間通りやって来た目的の電車に乗り込み、一番端っこの席に座ると同時に一気に体の力を抜いた。
土曜日の早朝だからだろうか? 電車を利用している人達の数はまばらで、大体の人が寝る体勢を作っている為車内全体がとても眠気を誘う空気になっている。
発車した電車がレールの上を走る音と、やる気なさげで聞き取りづらい運転士のアナウンスが更に良い安眠材になっていて、気を抜けば俺もすぐ気持ちよく眠ってしまいそうだ。
この後俺は、乗り継ぎを何度かやって目的の駅まで約三時間。その駅からバスに揺らされ大体三十分。更にバス停から一時間程歩いてようやく学園に到着する、合計約四時間半の道程を行かなければならない。
考えただけでちょっとげっそりしそうになるが、大丈夫大丈夫。行ける行けると、自分で自分にエールを送り俺は気合を入れ直す。
そして右手にある手紙を数秒じっと見つめ、緊張で若干指が震えそうになりながらゆっくりと封を開け、その中身を取り出した。
「懐かしい。本当に、しぃ兄の字だ……っ」
字を見ただけで思わず泣きそうになり、きゅっと唇を噛み締める。
手紙の最初は、ありきたりで無難な言い回しから入っていた。
でもすぐに砕けた口調に戻っているしぃ兄らしい手紙は、内容の殆どが俺の事を心配してくれているもので〔ご飯はちゃんと食べられてる?〕や〔体は大丈夫?〕と言った言葉が、丁寧な字で綴られている。
〔トキちゃんはすぐに無理をするから、お兄ちゃんは凄く心配です〕
〔何でも溜め込みすぎはダメだからね? 爆発しちゃう前にちゃんと発散できてる?〕
〔いくらでも捻くれていい。性格が悪くなっててもいい。トキちゃんがトキちゃんでいてくれたら、俺はそれだけで嬉しいよ〕
一緒にいた時、常に俺の事ばかり気にしてくれていた優しいしぃ兄の文字を目で追って行けば行くほど、涙腺がぐにゃぐにゃに緩んで鼻の奥がツンとしてくる。
「性格が悪くなってても、俺が俺でいたらそれでいい、か。……ほんと、しぃ兄らしいやっ」
てかしぃ兄、なんで俺が昔よりも捻くれて性格悪くなってる事知ってるんだよ。
誰にも聞こえないよう、最小限の声量で呟いていた独り言も、ここからは徐々に嗚咽混じりのものへその姿を変えていく。
〔トキちゃんが特待生枠で学園に入学する事を知って俺も母さんも驚いたけど、同時に凄く嬉しかったよ。あの時の約束を果たしてくれて、ありがとう〕
「うんっ」
〔高等部からの入学は受験勉強だけでも凄く大変なのに、トキちゃんの場合、あの男(ひと)がいるからもっと大変だったと思う。それなのにめげないで、よく頑張ったね〕
「……うんっ」
〔俺もトキちゃんとの約束通り、あの頃から変わらず学園に在学中だよ。だから、高等部入学生の入寮の日、学園の門の前で、一番にトキちゃんをお出迎えしようと思います!〕
「……っ」
〔トキちゃんと会ったらいーっぱいお話して、ぎゅーって抱きしめて、一緒にご飯食べて……あーもう! とにかく、やりたい事が沢山あるから、覚悟しておいてね?〕
「ははっ、しぃ兄、この時絶対、頭……掻きむしってただろ」
〔やっと、やっとトキちゃんに会えるんだと思うと、嬉しすぎて柄にも無く泣きそうになっちゃってるよ、俺。だから、文字が震えて読みづらいかもだけど、許してね〕
「……っ、ぅんっ」
〔あと、封筒の中に入ってるお金は、俺と母さんから。そのお金を使って、学園まで無事においで。買い食いとかいっぱいしていいからね。本当は迎えに行ってあげたいんだけど……今はまだ、それが出来ないんだ。こんな事しか出来ない頼りない家族でごめんね〕
「頼りない事、ないっ。お金、だって……気に、しなくて、いいのに……っ」
〔あ、それと、遠慮してもしお金を使わなかったり、半分以上残ってたら学園到着早々トキちゃんにとってすごーく恥ずかしい(と思う)スペシャルなお仕置きをお兄ちゃんがしちゃうから、そのつもりで! それじゃあ、学園で待ってるね〕
「…………お仕置きって、何っ、する気だよ……」
そして俺も、しぃ兄のお仕置きなら受けてみてもいいかも。なんて、何思ってんだ、ほんと。
ズピッと一度鼻を啜り、読み終えた手紙を封筒へしまい直してから、中に入っているお金を取り出す。
いち、にい、さんーー。
お金の枚数を確認すると、封筒の中には諭吉さんが十枚入っていて、さっきまで引っ切り無しに流れていた涙が驚愕のあまりピタリと止まった。
「………………え?」
いち、にい、さん……。何度数え直しても、枚数は十枚ぴったり。
お札のお顔は野口さんでも樋口さんでもなく、いくら見直して確認しても、諭吉さんだ。
「いや、いやいやいやいや。は? え?」
とりあえず、お金は一旦手紙と一緒にボストンバッグの中へしまい、腕の中へ。
服の袖で乱雑に目元を拭い、ぱちくりと何度か瞬きを繰り返した後。ふと、俺の知っているしぃ兄と母さんがしてやったりな表情でふふふふっ、と妖しく笑っている姿が頭の中に浮かんでくる。
もし買い食いをいっぱいしたとしも、俺の金銭感覚的に諭吉さんを一枚使うのが限界だ。
そしてその事を、あの二人はよーっく分かっている。
分かっていて、どう考えても多過ぎる金額を封入してきた。
しかもご丁寧に、半分以上使わなかったらお仕置きだと手紙に書いて。
「これは、間違いなく初めからお仕置きと言う名の悪戯を俺にするつもりの金額だ。さすが、と言えばいいのかな? しぃ兄と母さんめ……」
くっそー、やられたー。
そう心の中で呟きながら座席の背もたれに体重を預け、左手で目元を覆う。
学園について早々、どんなお仕置きーーもとい、悪戯をされる事になるのか。
「おー、怖い怖い」
そんな言葉とは裏腹に、俺の口元は楽しそうに笑っていた。
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