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12話 触らぬ神に祟なし
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ようやく辿り着く事が出来た寮部屋前。
しぃ兄の腕から降ろされた俺は、ドア横にあるインターホンを一度押して中の反応を待つ。
もしもまだ同室の相手が部屋に着いていない場合はカードキーを使って入ろうと思ったが、数秒もしない内に目の前のドアが勢い良く開いたので、その必要はなさそうだ。
「ウェルカーム! 春ちゃんの同室者くーーぐぇっ!!」
「消え去れ、変態」
「…………」
開いたドアから一瞬、笑顔が物凄く煌めいていた蜂蜜色の髪の美形さんが見えたが、その人が完全に外へ出てくる前にしぃ兄が目にも止まらぬ早さで全力体当たりをかましドアを閉める。
たぶん顔面を強打しただろう美形さんは蛙が潰れた様な声を出し、しぃ兄は、そんな声も出せるんですねと思わず恐怖で体が震えそうな程冷たい低音ボイスでぼそりと言葉を呟いた。
ドアを閉める時のしぃ兄の表情はまるで親の仇だと言わんばかりの迫力で、俺は顔を引き攣らせながら無言のまま廊下の壁際までゆっくりと下がり、よくわからない今の状況の成り行きを見守る事にする。
触らぬ神に祟なし。
俺の勘が、今は大人しくしていろと告げている。
「ちょっとちょっと、何で加賀美がここにいるのさ! つーかいきなりドア閉めるとか何? 酷くない!? 顔に直撃したんですけど!」
赤くなった鼻を片手で押さえながら、プリプリと言った効果音が似合いそうな怒り方で再びドアから登場してきた美形さん。
180ちょっとはあるだろ高身長に、少し癖のある蜂蜜色の髪と、同じく蜂蜜色の瞳。
髪の癖がいい具合にショートボブの髪型と合っていて、人懐っこそうな雰囲気を出している。
少女漫画から抜け出してきたんじゃないかと本気で疑いそうになるぐらい、タイプは違うがしぃ兄や誠真先輩に負けず劣らずな美形さんだ。
外見だけで言うと、王子様って言葉がピッタリと当てはまるな、この人。
「聞きたいのはこっちの方だよー。 なーんで朝霧がここに居るわけぇ?」
絶対零度の微笑みを美形さんに向けながら、しぃ兄がどこか鬱陶しそうに質問を質問で返す。
嫌いな相手は適当に笑ってあしらうか、それすら嫌だと会話をしないのがしぃ兄の基本スタイルだから、嫌ってる様な物言いをしてるけどこの美形さんとしぃ兄は仲が良いのだろう。
何でこんなキツイ言い方なのかは謎だけど……。
「うわっ、サラッとドアの事無視したよこの人……。この冷血ドS野郎! でもそこに痺れる憧れるぅぅぅっ!」
「……取り敢えず蹴るねぇ」
「蹴っていい? とかの疑問形ですら最早ないんだね! って、痛っ。痛い痛いっ! 加賀美マジで痛いから! 僕の可愛いお尻が割れちゃう!」
「いっそ全身真っ二つに割れて、その腐った脳みそを新しく入れ換えたらいいんじゃないのー? あと、トキちゃんの教育に良くないからどっか行け」
母さんから格闘技を習っていたしぃ兄の蹴りは、素人の俺から見ても綺麗でブレのない動きだとわかる動作で正確に美形さんのケツを狙い打つ。
きちんと手加減はされているのだろうが、それでもスパンッスパンッと聞こえてくる痛々しい音に俺は心の中で美形さんに合掌をした。
……それにしても、何が俺の教育に良くないんだろうか。
気になるけど、聞かない方が良さそうなので黙っておく事にする。
「ああんっ。氷よりも冷たい目とつれない言葉がす、て、き。……って、トキちゃん!? それって加賀美がずっと言ってた弟くーーって、いって! ちょ、マジごめん調子に乗り過ぎましたホントすんませ痛いっ。加賀美、ホントそれ痛いから! ストップストーップ! 春ちゃん! いっちゃん! ヘルプ! ヘルプミーッ!」
「…………江橋君と、佐久間くん? あぁ、それで朝霧がここに居るわけねぇ」
逃げる様にしぃ兄と距離を置いた美形さんは、両腕を斜めに交差させ大きなバッテンを作り、悲痛な声で誰かの名前を叫ぶ。
その名前を聞いて一人納得したしぃ兄はあっさり蹴るのを止めて、やれやれと言った表情で美形さんを見やった。
「入寮早々ストーカー行為とかよくやるねぇ」
「ストーカーじゃないし! 俺はただ好きな子の傍に居たいだけだよ!」
「その割には、相変わらず怯えられてるみたいだけどー?」
思わずドキッとする流し目でしぃ兄が見た先。そこには、ドアからひょっこりと顔を覗かせた、どこか小動物っぽい雰囲気の黒髪黒目の男の子と、同じくドアから顔を覗かせしぃ兄と美形さんを怯えた眼で見ている黒髪茶目の男の子が居た。
きっとこの二人が、江橋君と佐久間君なのだろう。
どっちが江橋君でどっちが佐久間君なのか、俺にはわからないが……。
取り敢えず今の状況を見ていてわかったのは、しぃ兄と美形さんは結構仲良しって言うのと、美形さんの好きな子ってのが怯えながらも何だかんだ二人を見ている黒髪茶目の子で、しぃ兄曰く美形さんはその子のストーカーって事。
あと、ドアからひょっこり顔を覗かせている江橋君と佐久間君のどちらかが俺の同室者。
まぁこれは、他にも人が居るなら違う可能性もあるんだけど。
それにしても、なんであの黒髪茶目の子は美形さんに怯えてるのに部屋の中で一緒に居たんだろう。俺なら速攻逃げるどなー……って、美形さんならあの高いテンションのまま押し切って強引に部屋の中へ入ったって言う可能性も無きにしも非ず、か?
壁にもたれながら片腕にボストンバックと紙袋を通した状態で腕組みをしつつ、結局よくわからない今の状況に頭の上でクエスチョンマークを浮かべながら傍観を決め込んでいた俺は、そろそろ口を出してもいいかなぁと足を一歩前へ踏み出した。
正直言うと、しぃ兄に構ってもらえないのが寂しくてそろそろ落ち込みそうって言うのが本音なんだけど、俺がそれを言っても気持ち悪いだけなので口にはしない。
……つーか俺、女々し過ぎ。
しぃ兄が誰を構おうがそれはしぃ兄の自由なのに、独り占めしたいとか何様だ。
俺のバカ野郎め。
「えーっと、なんかよくわかんないんだけど俺、自己紹介してもーーうぷっ」
腕組みを崩し、自己紹介をしてもいいか質問しようとした俺の方へしぃ兄が光の速さで飛んできて、突然真正面からぎゅっと抱きしめてくる。
ぶっちゃけ凄く嬉しいが、しぃ兄の後ろに見える美形さんや男の子二人の驚いた表情と視線に俺はどうすればいいのかわからず、眉を下げて困り果てた。
「トキちゃんごめんね。俺があの変態に構ってる間、一人で寂しかったよね? 本当にごめんね。これからは気を付けるから」
「し、しぃ兄? 別に俺寂しくなんて……」
「こら。嘘はダーメ。俺にトキちゃんの嘘は通用しないの、わかってるでしょ?」
「…………やっぱしぃ兄にはお見通しかぁ」
「そうだよ。だから、何も隠す必要は無いんだよ?」
「ははっ、ありがと」
よしよしと頭を撫でられた俺は、自己嫌悪と嬉しさが混じった苦笑いを顔に浮かべそっとしぃ兄から体を離す。が、しぃ兄はそれが気に食わなかったのか、ちょっとムッとしたあと今度は背中から俺に抱きつき肩に顎を乗せてきた。
今思ったけど、しぃ兄、この背後からの体勢結構気に入ってるよな。
俺的にはしぃ兄の髪が耳に当たって若干くすぐったいんだけど。
「あ、じゃあ改めて自己紹介してもーー」
「うっはーっ! もう我慢出来ないっ! 甘い、甘いよ! もうめちゃくちゃ甘くて桃色な空気をありがとうお二人さん! 萌えた! てか現在進行形で僕超萌えてる! まさかあの加賀美がここまでデレ全開とか。ぐふふっ。いやぁ、ニヤニヤが止まりませんなぁ。
あ、僕は二年の朝霧 要(あさぎり かなめ)で、ドアから顔覗かせてる黒髪黒目の子が江橋 春樹(えばし はるき)くん。そしてそして、黒髪茶目の怯えた目がキュートな子が僕の愛しいマイハニー、佐久間 輝一(さくま きいち)くんでーす! 通称春ちゃんといっちゃん! よろしくね、加賀美の弟くん」
気を取り直し、改めて自己紹介をしてもいいか質問しようと俺が口を開き、全てを言い終わるよりも早く、なぜかやたらと興奮している美形さんに先に自己紹介をされてしまった。
しかもドアから顔を覗かせている二人の紹介まで凄い勢いでされてしまい、俺は目をぱちくりと見開いて固まり、握手を求め差し出された手に数拍遅れて反応を示す。
先輩に対し失礼だとは思うけど、この朝霧先輩の押しの強さに俺はたじたじだ。
「え、あっ、はい。俺は二条 刻也と言います。差し支えなければ名前の方で呼んで頂けるとありがたい……です」
「オッケーオッケー。それじゃ僕の事は気軽にカナちゃん先輩って呼んでちょーだい。トキちゃ」
「…………」
「じゃあなくて、刻也くん!」
言葉の途中で急に顔を青く染めて冷や汗を滝のように流し始めた朝霧……じゃなくてカナちゃん先輩に、俺はどうしたのかと首を傾げる。
よく見れば先輩はしぃ兄の方へ目を向けていて、俺も同じ様に横へ目をやったが、そこには「ん?」とこっちへ笑顔を向ける通常運転のしぃ兄しかいない。
ドアから顔を覗かせている二人の方も見てみると、カナちゃん先輩と似たり寄ったりな顔をしている。
しぃ兄、一体三人に何をした。
「ていっ」
「いたっ! え? トキちゃん、どうして急にチョップ!?」
「しぃ兄、カナちゃん先輩達に何かしただろ? だから、教育的指導」
「うっ……。江橋君、佐久間君、ごめんねぇ」
「…………あれ? 僕には? 僕にはないの!?」
「なんで朝霧に謝る必要があるのー?」
「酷いっ! でもそんな加賀美が僕は好きだよ!」
「うわぁ。それ、全然嬉しくないからー」
……すみません、カナちゃん先輩。
キリッとした決め顔で親指を立てるその姿に、俺もしぃ兄同様ちょっぴり先輩に引きました。
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