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月明かり
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「君には主にホールスタッフを頼みたい。
挨拶は大きな声で。呼ばれたらすぐ行くこと。急いでても店内は走らないこと。
あと、はいこれ。メニューは覚えてきてね」
バイト面接は店長と一対一で、早口に要点を教えられメニューの冊子を渡された。
ここは自宅から徒歩で通える距離にあるチェーンの居酒屋だ。
22時からの深夜シフトは時給1300円からで、その時給に釣られてバイト面接を受けた。
高校生は働けないが履歴書が不要だったので、高校生ではないと嘘をついてしまった。
だがよほど人手不足なのか年齢については深く追求されずあっさりと採用が決まり、今に至る。
「最初は指導も入るけど、明日から来れるかい?」
「あ、はい。大丈夫です」
「じゃあよろしく」
「よろしくお願いします」
居酒屋を出て帰路につきながら安堵のため息を零した。
こんなに早く新しいバイトを見つけられたのはラッキーだった。
夜なら新聞配達やガソリンスタンドのバイトとも被らないし、夜シフトでこの時給が貰えるのはありがたい。
それに、正直あの家から出られる時間が増えるのは嬉しかった。
逃げられるなら逃げたい現実があそこにはある。
…いや、逃げようと思えば逃げられるのに、僕がそうしようとしないだけかもしれない。
あそこを出たら本当に何処にも帰れなくなる気がして怖いんだ。
何もかも捨てる覚悟があればいいのに、それがないのは僕の甘えの所為。
結局は自分で自分の首を絞めているのかもしれない。
月明かりが薄暗い路地を照らす。
仄暗い闇に溶けるような溜息を、再度零した。
「ただいま」
「おかえり」
居間には母さんと一条がいたが、返ってきたのはにっこりと微笑んだ一条の声だけだった。
母さんは僕を見向きもしないが、それでもバイトのことくらいは話した方がいいかと思い、母に向かって正座する。
「新しくバイトを始めることにしました。駅前の居酒屋で、夜10時から1時までです」
「…そう。給料はちゃんと家に入れなさいね」
「はい…」
立ち上がり、洗面所に入ると一条がついてきた。
「大変だねー。帰るの待っててあげよっか?」
ニヤニヤとした笑顔が気持ち悪くて目をそらす。
「大丈夫です。遅くなるので寝ててください」
目を合わせずに言うと、一条はフッと笑い、
「夜までバイト入れたからって、俺から逃げられると思わない方がいいよ」
そう耳元で囁いてきた。
「っ、」
ゾワリと耳から全身に鳥肌が立つ。
落ち着け…ここで動揺したら相手の思うツボだ。冷静に、冷静に…
「夜にバイトを入れたのは、ただうちにお金がないからです。なんせ光熱費が前よりかなり上がってしまったもので。
僕も学生なのであまり時間は取れないし、必然的に深夜になっただけですよ」
少し皮肉を込めてそう言うと、一条は僕の反応が予想外だったのかニヤニヤとした笑顔を消した。
「ふーん…それなら頑張ってね」
そう言い残して洗面所から出て行った。
その日は一条から触れられることはなかった。
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