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7月31日の熱視線
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なんだろうな。
こんな時に限って、朝から窪田に会えちゃうんだ。
一階ロビーのエレベーター前にいるのは紛れもなく窪田で。
窪田の方も気配を察知したかのように振り返って、俺の姿を確認していた。
おはよう!…とは言わず、俺は窪田に会釈した。
「………」
窪田は会釈を返すこともなく、ジッと俺を見上げている。
無表情だが、わかる。
窪田は素っ気ない俺に驚いている。
すまん、窪田。
本当ならおはようのチューをして抱き上げて、その場でグルグル回ってしまいたい勢いなんだ。
だけど俺達は噂になっていて、きっとお前はそんなのを知ってしまったら、いつだったかのように急性胃炎でぶっ倒れてしまうに違いない。
極力、窪田に心配させたくないんだ。
「…………」
俺はなんてことないそぶりでエレベーターの文字盤を見上げていた。そして窪田はずっと俺を見上げていた。
普段はあまり人と目を合わせない窪田の視線は、光線でも出ているかのように鋭い。
無表情で無口な代わりに、こういうツールが発達しているのだろうか。
その視線はものすごい力で訴えかけてくる。
「……ぅ…ぐ、ぐ…」
視線で顔面が焼け焦げるんじゃないかと思ったとき、エレベーターが1階に到着した。出社時刻なのもあって、中から出てくる社員はいない。
俺たちは待っていた人の流れに沿ってエレベーターに乗りこんだ。
混んだエレベーターの中でも、引き続き俺の後頭部には窪田の熱視線を感じる。
やっぱり、俺の行動は短絡的だった。
ここで俺が窪田を避けても、それはそれで窪田は不審がっている。
昨夜、迷わず窪田に打ち明けるべきだったんだろうか。
俺は噂自体よりも、窪田のことが心配で悩ましかった。
後頭部に向けられる視線はますます強くなっていく。
痛い。
焦げる。
ハゲる。
まるでレンズで日光を集めて照射されているような威力。
「あっつ!!!」
たまらず漏れた俺の叫びに、エレベーター内の社員が一斉に俺の顔を見た。
「……や、なんでもないです。すみません」
俺は気まずくて後頭部を押さえながらうつむいた。
だ、駄目だ…。
それでも俺は窪田のほうを振り向かなかった。
窪田より先にエレベーターを降りてトイレの個室に駆け込むと、ポケットからスマホを取り出す。
〝さっきはすまん!素っ気なくしたのは事情があって、それについては今夜話したい〟
勢いよく文字を打って、俺は窪田にメールを送信した。
どう説明するかなんて何も考えてないが、とにかく約束を取り付けておく。
「あっ」
大事な事を忘れていた。
〝窪田、大好き(はぁと)〟
こういう時こそ俺の気持ちをストレートに伝えないとな!
でも今は非常事態だから、こんな生易しい言葉じゃダメだ。
〝窪田、MY LOVE(はぁと)〟
…あれ?なんか思ったより軽いな。
〝愛してる(はぁと)〟
普通すぎる。
送ってはみたものの、どのメールも物足りない。
「……もっと俺らしくだな」
〝お前とひとつになりたい〟
「おおお…なりたい!なりたいぞ!離れたくない感がたっぷりじゃないか」
俺はようやく完璧な言葉を見つけ、鼻息荒く窪田に送信した。
よし、満足だ!
納得できたので個室から出ようとした時だった。
ガン!!!…と、俺のいる個室のドアを何者かが乱暴に叩いた。
「⁉︎」
ウンコなら隣の個室も空いてるはずなのに。
そう思いつつそっとドアを開けた。
そこにはスマホを握りしめた窪田が、肩を震わせながら立っていた。
「ふぉ!窪田⁈」
「……」
「お前の部署、いっこ上の階だろ!」
俺が言うと、窪田も口を開いた。
「お前はさらにその上の階だろう」
「…ま、まぁそうだけど」
窪田は俺の身体を両手で押して、無理やり個室に入ってきた。眉間にはかなりの力が入っている。
そして俺は勢いに押されてよろけると、そのまま便座のフタの上に尻餅をついた。
「ま、まて窪田!確かにそういう意味でもひとつになりたいが、さすがの俺も、ここではちょっと…」
窪田は間髪入れずに俺の額に手刀をおろした。
「いてぇ!」
「うるさい」
窪田の声は平坦だが、いつもより少しトーンが低い。
……なんか、めっちゃ怒ってる?
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