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10月13日のside窪田くんと夏川
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休み明けは緊張感がある。
準備をする時間があるぶん、互いにクオリティの高いものを仕掛けられるからだ。
「おはようございます」
今朝も一方的な挨拶をして、俺は自分の机に向かった。
「…………………」
一見、俺の机には何の異変も無かった。
しかし臭う。
スパイシーな香りだ。
そっと、鍵のついていない引き出しに触れると、引き出しが温かくなっていた。
俺は部署内を見渡した。
冬部さんは机に足を載せてスポーツ新聞を読んでいる。秋元さんはコーヒーを飲みながら、おそらく日報を書いている。
しかし、夏川はいない。
「……」
どうせ、引き出しいっぱいにカレーライスが入っているんだろう。夏川の考えなど安易すぎて程度が知れている。
俺は荷物を下ろすと、覚悟を決めて温かい引き出しを開いた。
「!!!!!」
俺は引き出しの中を見た瞬間に悪寒が走り、咄嗟に壁面のスチール棚の水槽を確認した。
そこには、3匹のアメリカザリガニ、夏川1号2号3号がのんびりと動いている。
「……」
良かった。
俺はため息をついて、再び引き出しに視線を戻した。
引き出しの中は予想通りカレールーがたっぷりと注がれ、その中央に俺の顔に成形した白米がドンと乗っている。
夏川は手先が器用な男らしい。海苔や福神漬けで模した顔はムカつくほど俺に似ていた。
そしてその口にはザリガニと同じくらいのサイズの剥きエビが3匹突っ込まれていたのだ。
「……っ」
物理的にも心理的にも、なんて破壊力のある嫌がらせなんだ。
夏川め、確実に嫌がらせの腕があがっているな…。
俺は小さく深呼吸して、そっと引き出しを閉じた。
それから視線を感じて振り返る。
部署の入り口に、ニヤニヤと笑う夏川がいた。
声には出さず、口パクで「バーカ」と言っている。
バカはお前だ夏川。
俺だって負けないような仕返しを…。
「おはよう!ロボ田くん来てる?」
急に呼ばれて驚いた。
夏川の後ろから、まだ来るはずのない春日さんが、ひょいと顔をのぞかせた。
「…います」
今朝も朝礼には遅れると聞いていたのだが、春日さんは何やら急いでいるようだ。
「よかった!ロボ田くん、センターの方に急きょ来客があってね、実は金曜に頼んだフォーマットの…」
春日さんの言う入力作業は完成していて、最終確認をして朝イチで提出する予定だった。それを伝えると、春日さんは俺の手を握って強引に握手して言った。
「さすが仕事が早いね!今からデータ持って、一緒に来れる?朝礼に参加する余裕は無いんだけど」
「……はい」
本当は俺が夏川の机に仕込んだ〝引き出しを開ける度に「ウゼェなお前」という夏川のセリフが流れる仕掛け〟の電源を入れて試したかったのだが、今やると夏川の驚いた顔が見れないし、電源のオンオフを管理できない。
楽しみにしていたのに、実行するのは見送るしかない。
俺はパソコンを立ち上げ、データがメモリーに入っているのを確認すると、ケースにしまった。そしておろしたばかりの荷物に突っ込むと、春日さんに準備が出来たと合図した。
「よし、行こうか。急ですまないね。じゃあみんな、今日は11時には戻ってくるからよろしく」
春日さんは部署に残る3人にヒラヒラと手を振り、俺の肩に腕を回して部屋を出て行く。
いつものことだが、春日さんのスキンシップは豪快で少し戸惑う。
「……」
俺も春日さんと11時に戻る予定になるだろう。そうなると今日の仕返しが出来ないわけで、なんだか悔しい。
しかも、カレーの引き出しを放置しないといけないのだ。
すれ違いざま、俺は夏川を睨んでやった。
ささやかな抵抗だか、あんな程度では俺は負けないぞというサインだ。
「……⁈」
ニヤニヤ笑いをするか、春日さんに媚びた顔をしているか…そう思っていたのに、夏川は唇を噛んで泣きそうな顔をしていた。
夏川は…悲しそう?それとも悔しそう?
…いや、まさか。
俺はまだ何もしていない。
驚いた俺は、通り過ぎた後も振り返って夏川の顔を観察してしまった。
夏川も振り向いて俺たちを視線で追った。
「……っ」
俺と視線がバッチリと合った。
俺のどんな仕返しを食らった時よりも、夏川は歪んだ表情をしている。
背筋が凍るようだ。
なんだ?
悪意なのは確かだ。
俺の何が、夏川を不快にさせている?
俺は自分の行動を何度も思い返したが、夏川の表情の理由がサッパリわからなかった。
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