アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
10月16日の社員食堂
-
窪田に昼食を誘われた。
凄くないか?
凄いだろう?
明日、空からネコでも降るんじゃないだろうか。
断れるわけがないので、俺は無理やり時間を作って物流センターから本社に戻り、社員食堂のいつもの席に着いたのだ。
「いいか、これは機密事項だ」
窪田は舞茸の天ぷらうどんに七味をかけながら言った。
なんだろうな。
イレギュラー過ぎて、俺は妙に緊張していた。
ハンバーグ定食を箸でつつくが、メシよりも窪田が気になって仕方がない。
「…橘、聞いてるか?」
「お、おう、聞いてるぞ。機密事項な」
窪田はコクリと頷くとあたりを見回して、俺たちの話を聞こうとしている奴がいないことを確認した。
もちろんそんな輩はいるはずもなく、満足した窪田は俺の方へ身体を傾けた。
窪田はいつも背筋を伸ばして、それこそロボットみたいなんだ。
こんなに…しかも会社で、窪田から顔を寄せてくるなんて、初めてのことだ。
照れる。
些細なことだけど嬉しい。
俺もいそいそと窪田の方に少し身体を傾け、秘密の会話をする態勢になった。
「…橘、実はな」
「お、おう」
「……夏川は春日さんに惚れている。恋愛感情というやつだ」
「………」
「驚いたかもしれないが、絶対に誰にも洩らすな。わかったか」
「…………お、おう?」
「返事はきちんとしろ」
「…はい」
俺はこっそりため息をついた。
なんだよ、そんなことか。
夏川さん?
ハイハイ、そんな気はしてたんだよ。
先日の窪田の話に、あと実際に本人を見かけた時に観察して、俺と同類かなとおもっていた。
俺は仕草や空気でわかっちゃうんだ。
まあ俺とというか、同じゲイでも多分、受け入れる方?
「あれは、俺だから気付けたのかもしれない」
「…ん?」
窪田が得意げに言うのが、なんだか微笑ましい。
ぶっちゃけ、そんなことはないと思うぞ?
でも窪田は窪田の割にテンションが高くて、夏川さんの気持ちがわかったのが嬉しい様子だから、俺は黙っていることにした。
おかげてとんでもない報告を聞いてしまうのだが。
「あいつが春日さんに厳重注意されて落ち込んでた時、気づいたんだ。俺の首を絞めるほどブチ切れてて、なんでそこまで怒るんだと不思議だったんだが…気づいたら納得できた」
「んぁ?首⁈なんだそれ!!!」
今、首を絞められたって言ったよな⁈
暴力まで振るわれてるのか⁈
俺の顔を見て、窪田は眉間にグッと力を入れた。
「うるさい」
「うるさいって言ったって、お前そりゃ会社に訴える案件だろ」
「これしきのことで訴えてたらキリがない」
「……おまっ、お前なぁ…」
「泣くな。それに話が逸れるだろう」
窪田は面倒くさそうに言うと、静かにうどんをすすった。
しかしなぁ…。
俺は窪田のことが心配で仕方がない。
夏川さんの首を絞め返しに行きたい。窪田にはそんなヤバい奴に巻き込まれて欲しくない。
他人のことは言えないが、男同士の恋愛なんて恐ろしくえげつないぞ?
「なぁ窪田。お前は夏川さんのソレを知って、どうするつもりなんだ?」
「……?」
「間違っても、仲を取り持とうとするのはやめろよ」
「なぜ俺がそんなことをしなければならないんだ」
「そう言うならいいんだけどさ。当人同士のことだし、社内恋愛な上に同性だ。俺たちの手には負えないからな」
「…そうなのか?」
窪田は無表情だが、パチクリと瞬きした。
おいおいおい…。
窪田はまったく理解していないな。
今まで人と関わるのを嫌っていた窪田が、いきなり色恋沙汰に首を突っ込もうだなんで、子猫がライオンの狩りに参加するようなもんだろう。
無我夢中のライオンにうっかり踏みつけられて瞬殺だ。
嫌な予感しかしないだろう。
「お前、マジでほっとけよ?」
「あ、当たり前だ」
窪田はほんの少し眉間に力を入れた。
わかってんのかなぁ。
俺、今日の夜からの移動で出張なんだけど。
土日に行われる、名古屋の物流センターのシステムメンテナンスに立ち会わせてもらうんだ。
日曜午後に東京に戻って、さらに月曜は代休。
土日に窪田が動くことはない…とは思うが、月曜が恐いな。
俺はてっきり、窪田が同棲に乗り気になってきたとか、そういう話をしたいのかと思っていた。
なのにフタを開けてみれば、他人の恋バナだもんな。
「あーもう…」
思わずため息をつくと、窪田が俺の顔を覗き込んできた。
「……」
「あ、悪りぃ。今のは何でもない。それよりな、お前が他人の様子を気にするなんてなぁ。…変わったな。良いことだと思うぞ?」
そう言って、俺は窪田の頭を撫でようとした。…が、ここは会社だし、窪田が嫌がると思ってやめた。
「………………」
窪田は俺の顔をジッと見つめ続けている。
だから俺は言ってやった。
「また今度、会社の外で撫でさせて」
「〜〜〜〜!」
窪田は顔を赤くすると、プイとそっぽを向いて残りのうどんを勢いよく食べ始めた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
49 / 127