アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
美しい人
-
「多岐さん、海は………?」
夕方、自宅マンションに帰って来た颯が、まず最初に口にする言葉。
ここに海がいたら、いつも注意される。
『ただいま、が最初だろう?』
でも颯には、それが守れない。
だって、幼い時から颯には海しかいないから。
海の姿を、無意識に探してしまう。
「海様でしたら、シャワーかもしれません。今日は、ずっと携われていたプロジェクトの工場が着工されるとかで、長い時間現場に行かれてらしたみたいですから」
そう言えば、そんな事………………。
「ありがとう、多岐さん。………………あ、と………ただいま!」
「お帰りなさいませ、颯様」
颯は、家政婦の多岐がいるキッチンに顔を出し、遅い『ただいま』を言うと、急いでバスルームに向かう。
自分でも、異常だとわかってる。
海に依存している自分が、普通じゃないってわかってる。
だけど、治らない。
ガチャ………
「海っ…………!」
ノックもせずに、颯はドアを開ける。
海の顔を見ないと、安心出来ないのだ。
…………なんと言うか、大和とはまた違う。
「…………颯……………」
タイミングが、良かった?
海はスウェットを履き、上半身裸で髪をタオルで拭いていた。
その綺麗な顔からは想像もつかない、鍛え上げられた身体。
小学生の時から、空手や合気道をしてきた海は、体脂肪も低く、無駄がない。
颯だけが目にする事の出来る姿に、美しさが増す。
「こら、ノック位しろ。親しき仲にも…………だぞ」
そう言いつつも、海は颯に優しくハグをする。
「……………おかえり。今日も、無事に帰って来てくれて、ありがとう」
「た…………ただいま………」
まるで、魔法。
海の言葉に、一気に颯は『甘えモード』に切り替わる。
親でもあり、兄弟でもあり、従兄弟でもある…………海は、颯の家族の全て。
海も、それを承知で全部を受け入れる。
「今夜の夕食は、颯の好きな煮込みハンバーグだって。多岐さんが言ってたよ。楽しみだね?」
Tシャツを着ながら、海は颯に話す。
服を着る仕草も、綺麗…………。
颯は、海より綺麗な人を見た事がない。
いくらでも、眺めていられる。
毎日会うのに、見飽きない。
「うん……………でも、海の作るビーフシチューの方が好き……………」
海は、天才。
勉強以外に、料理もそつなく出来る。
完璧過ぎて、何よりも自慢。
「クス…………ありがと。じゃあ、今度の多岐さんが休みの日は、ビーフシチューな」
颯の頭を撫で、海は美しく微笑む。
それだけで、優越感。
「……………か……………海………」
「……………ん?……」
「え…………と、そ………その…………や……大和の事……………」
バスルームから出ようとする海に、颯は少し俯きながら話し掛ける。
そんな颯を、海は何も言わず抱き寄せた。
「海……………」
颯は、海を見上げる。
「何かあれば、俺が支えてやる。……………お前は好きなだけ、大和を想っていたらいいよ」
「い…………いいの?」
みるみる颯の瞳が、潤みだす。
海の反対を押し切った事、ずっと心に引っ掛かっていた。
こんなに大好きな海の意見に背いたのは、大和の事が初めてだ。
きっと、海は怒っていると思った。
「颯が、初めてまともに恋してるのに、止めろなんて言えない。泣き虫なお前に、毎日泣かれても困るしね」
「か…………ぃ………」
「ああ…………もう、泣いちゃってるか……」
いくらでも、泣ける。
呆れる位、自分は泣き虫だ。
颯は、弱い自分が大嫌い。
「前途多難な恋をやろうって人間が、泣き虫ではいけないなぁ…………」
颯の涙をタオルで拭い、海は目を閉じた颯の瞼にキスをした。
海の唇の感触に、全身が溶けていく。
「海……………今日、一緒に寝てもいい?」
「いいけど……………俺は、まだ仕事が残っているから、同じ時間にはベットには入れないよ?大丈夫?」
「大丈夫…………………海と一緒がいいから」
海の背中に腕を回し、颯はまるで猫のように身体を密着させて甘える。
「そう?なら、仕事早く終わらせないとな………」
海の優しさが、眩しい。
時々、思う。
海は、将来確実に神崎グループのトップに立つ。
周りはきっと、海に最高の婚約者を用意し、神崎の後継者を望む。
その時、自分はどうする?
離れていく海を、黙って見送れるのか?
とてつもない不安が、心を支配する。
ずっと、海しかいなかったのに。
海から、離れる事は出来るの?
家族は、海だけ。
忙しいからと、気付いた頃からいなかった両親よりも、海がいい………………。
失うのが、怖い。
誰も、理解が出来ないかもしれない、関係。
でも、そうやって育ってきた。
二人には、それが常識。
「………………颯?」
黒で統一された、海の部屋。
広いバルコニーに面した壁は、一面が窓になっていて、月明かりが幻想的に部屋を演出している。
書斎での仕事を終わらせて、海が部屋へ戻ると、颯は既に海のベットで深い眠りに入っていた。
「やっぱり、もう寝ちゃったか…………」
海は颯の横に腰を下ろし、愛しい寝顔を見つめる。
颯の髪を撫でる海の手が、どれ程颯を大切に想っているか、一目で伝わる位にゆっくりと動く。
「………………颯、愛しているよ」
海は、囁く。
生涯、たった一人にしか、口にしないと決めている言葉。
「俺が、俺でいられる……………唯一の人。ねえ、颯………………何があろうと、支えてみせる。お前の歩む道の邪魔は、誰にもさせない。…………………愛している………………俺の全てを犠牲にしても…………」
そう言うと、海は自分の唇を、颯の唇に重ねた。
颯が起きている時には、一度も口づけをした事はない。
颯の反応が、自分を止められなくなりそうで、怖いから。
颯の戸惑いが、自分を狂わせてしまいそうで、怖いから。
海は、わかっている。
颯は、海を拒まない。
きっと、子供のように、その身体を委ねる。
だからこそ、紳士でいよう。
だからこそ、神崎海でいよう。
颯が、大好きで、憧れている存在を保つ為に。
颯が、安心して、棲家に帰れる為に。
ただ一人の為だけに。
その生涯を終わらせよう。
愛している。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
20 / 451