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※涙
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神崎から、志賀の住むマンションが以前と変わっていないという話を聞き、秋月が訪れたのはすぐのことだった。
『いつでも来ていいって。待ってるってさ』
(あれほど僕と令治が会うのを嫌がっていたヒロオから、教えてもらえるなんてびっくりした…。何か、心境の変化でもあったのかな)
けれど秋月は、その疑問を口に出さなかった。
友人には『お前って、本当俺に興味ないよな』などと言われそうなものだが、話をややこしくしたくない。
「この景色も久しぶり……」
二度と、来ることはないと思っていた。色々思い出すと、足が竦みそうになる。楽しいことばかりではなかった場所。
(でも、もう逃げないって決めたから。しっかりしないと)
「よし!大丈夫…。前に、進まないと」
自分を奮い立たせるように。秋月は志賀のマンションに着くと、大きく深呼吸をしてから、エレベーターを上がっていった。五階、502号室。躊躇する前にインターホンを鳴らせば、どことなく調子の悪そうな顔がドアから覗いた。
(風邪でも引いてるのかな。寒い日が続いているし)
「いらっしゃい」
上擦った声。あの頃は、迎えられる言葉はおかえりだった。
「お邪魔します。……また、ここに来るなんてね」
ちゃんと笑えているだろうか?自信がない。
「久しぶり、文久。屋上で会った以来だね」
言われて思い出す。あの日屋上で、大切な人を傷つけてしまった。後藤の、揺らぐ感情を必死で抑えつけるような眼差しが脳裏に浮かび、胸が痛む。いつもまっすぐに向けられる愛情が、時には痛かった。
いつかその隣りにふさわしい恋人に、なれる日が来るだろうか。こっそりと、そんな夢を抱いても許されるだろうか。ーーーこんな自分でも。
「………」
お互いを探るような視線が絡み合い、どうぞ、と部屋に通される。何度も交わったソファー。昔好んで飲んでいた紅茶がテーブルの上に置かれると、秋月は驚いて瞬きした。志賀は珈琲しか飲まない。…わざわざ用意したのだろうか?
「ねぇ。神崎と寝たの、文久。ほんとに見境ないんだから……。チンコついてれば誰でもいいわけ?どうせアンアン腰振って……」
(第一声が、その話題から!?)
何から話を切り出そうかと思ったが、まさかそんなことを言われるとは思わず、秋月の頬が赤くなる。
(令治が、そうくるなら…)
「……僕の身体をそんな風にしたのは、令治だよ。親友に突っ込まれて、トロトロになって……。ヒロオのチンポ、きもちぃ……」
我ながら最悪な会話だと自覚しながら、反応を見る。どうせ、志賀相手に隠すものなど何もない。どう思われようが、構わない。ただ、今までと同じだとだけは、思われたくなかった。同じことを繰り返すために、来たわけではない。
「っ……」
「ずっと、挿れたいの我慢してたんだって。だから、いっぱいエッチしたの……。親友のチンポに何度も突かれて、ぐちゅぐちゅになって、ヒロオの射精が止まらないから、感じすぎて何回もイッちゃった。もう……そういう風に、令治に仕込まれてるから」
「もういい。やめろ」
秋月の挑発に耐えれられない、といった様子で志賀が遮る。やはり顔色が悪い気がする。
「聞いてきたのは令治だよ」
「復讐のつもりか?」
「聞かれたから答えただけ。そうやって調教されてるから。令治に」
怒りがあるわけではない……。もう、諦めがついている。その割には、昂ぶった感情や物言いは恨みを抱いているようだと、秋月は滑稽な気分になった。
志賀のせいにしても、仕方がない。離れるのが遅かっただけだ。どちらか一人が悪いわけではない。恋愛は、一人でするものではないのだから。
「は……。お前、神崎の前では猫被ってるんじゃないのか?本人に聞かせてやりたかったなぁ…。最高に嫌味なエロ台詞。興奮して喜んだだろうに」
「…猫なんか被らない。長い付き合いだよ?ヒロオに言わないんじゃなくて、令治が相手だから言ったの。わかってるくせに。……僕をこんなにしたのは、令治じゃない」
「ほんと、生意気になったよな。あの頃とは違う。お前は変わった」
責めるような秋月を寂しそうに眺め、志賀はぽつりと呟く。
「お互いに同じだけ、違う時間が流れてる」
「そうだ。俺…は……」
「令治のこと、本当に愛してた。だから何をされても…言われても応えたくて……、でも。そんなやり方は間違ってた」
「文久……」
どうしてもっと、早く気持ちを打ち明けなかったのだろう。あの頃は、まともに思考が働いてすらいなかった。苦しいから逃げ出したくて……沢山失ったものはあるけれど、自由を手に入れた。
「この身体は、自分の心とは別物。もう、諦めたんだ」
「………」
「好きでもない男でも快楽を得られる。ただ、それだけ」
淡々と事実を述べて、秋月は静かに笑う。
「文久。お前はそう言いながら、心の底では何も諦めていないんだよ。だから、言葉にできる。 俺は……」
「令治…?」
「そんな声で呼ばないでくれ。お前ほど強くないんだ、俺は。
別れてから、ずっと寂しかった。文久に会いたくて…。再会したら、他のことなんかもう全部どうでも良くなってしまうくらいに」
「え……?」
「また、文久に会えて嬉しい…。こうやって話ができて……目の前に、お前が…これは夢じゃなくて……現実に、文久がいる。ただ、嬉しいんだ。胸がいっぱいで、他に何も考えられない。信じられない……そんな自分を取り繕うことができない。嬉しくて…涙が……」
「う、嘘…。どうして?…ほんとに、泣いて……?令治…」
(演技じゃない。令治が、泣いてる…)
「あの頃も今も……お前を、引きとめる方法が何も思いつかない……。昨日はよく眠れなかった。そんな自分が馬鹿みたいだ。…見ないでくれ」
「令治が…泣いてるのを初めて見た」
「うるさい。何も言うな」
「………」
「俺の気持ちをずっと、知りたかったんだろう。……満足したか?」
「令治…。今まで……逃げてばかりでいて、ごめんね。ずっと怖かったんだ。愛している人に、同じ気持ちを向けてもらえていないと思っていたから…。一緒にいるのに、一緒にいるからこそ……寂しくて、苦しくて。自分だけが辛いんだと誤解してた。僕は、間違ってた」
「………」
「愛されていないと…感じることが、いつも怖かった。ごめんね、令治。僕は、何も見えてなかった」
「謝ってほしいわけじゃない。お互い様だ……。俺も謝らない」
「令治、ひとつお願いしてもいい?すごく、言いにくいんだけど」
「何だい?」
「今、令治を抱きしめてもいいかな?…あの時出来なかったことを、……っ」
逃げるのではなく、こうして抱き合うことで解決できるものが沢山あったはず。志賀は秋月を胸に引き寄せ、さらさらとした髪に唇を寄せた。
「文久。俺にもまだ、叶えられるお前の願いがあるんだな」
「…令治……」
「悪かったな。あんまり、優しくしてやれなかった。多分、それだけで良かったのに。こうやって抱きしめることができていたら……いや。もしも、なんて話をするのは意味がない。昔のことなんか…」
「はは。僕たち、少しは大人になったのかな」
「そうだな。見ないうちにもっと、綺麗になってるよ。文久は」
「や、やめてよ。自分の汚さなんて、僕自身が一番よくわかってる。もう!この話は終わり!」
「ふふ、可愛い。文久って、照れると恥ずかしくて怒る癖があるよね」
「………令治。ねぇ、もしかして熱あるの?調子が悪そうだなって思っていたけど、身体も熱い気がする」
昔より、体温が高い。ふと気がつき、秋月は身を捩って志賀の表情をうかがった。
「どんな顔して文久に会ったらいいのか、考えると…緊張して……。知恵熱なんて、笑えない冗談だよ」
身体の力が抜けるように、もたれかかる志賀は少し息が荒い。
「ちょっと…。令治、大丈夫っ?!」
「ホッとしたら、気が緩んで熱が上がっただけだ。
もう、気が済んだだろう?会えて嬉しかった。ありがとう」
「薬はある?熱って、何度くらいの……」
志賀は首を振り、頭痛がするのか苦い表情で頭を抑抱える。
「放っておいてくれ!また拒絶されるのは…目の前から、お前がいなくなる気持ちを味わうのはもう……二度とごめんだ。他に怖いことなんかない。どうでもいいだろう、俺のことなんか。あの仏頂面した彼氏のところにでも帰るんだな」
(仏頂面した彼氏?…ああ、長谷川先生のことか。夏祭りで会った。わざわざ否定して、墓穴を掘ることもない)
「令治って、昔からそうだよね…。人のことは色々と言うくせに、自分のことには無頓着。どうでもいい、どうでもいいって…。散々人の貞操観念をぶち壊しておいて、今更、よくそんな風に言えるよね?
残念なお知らせだけど、僕は令治の前からいなくなりません。それを後悔して、違う形でやり直したいと思って、来たの!」
どうやら怒っているらしい秋月に睨まれても、まったく怖くないどころか、単に新鮮で可愛いだけだと志賀は思った。
「…喜んでいいのか嫌がらせなのか、わからないな」
幸か不幸か、調子が悪いのに組み敷くような無茶をするには、若くない。
「はい、病人はベッドへどうぞ。手くらいは握ってあげる」
「ありがたいね。健全な看病だ」
「嬉しいでしょ?」
返事はなく、代わりに唇が微笑むように上げられる。ベッドの端に腰を下ろして、秋月はそっと差し出された手を握った。何か物言いたげな視線が見上げてくるのを、安心させるために、言葉を紡ぐ。
「大丈夫。令治が目を覚ますまで、僕はここにいるから」
眠るまでではなく、目を覚ますまで。お互いに不安を感じていた再会が、夢ではなく、現実のものだと確認するためだ。
「おやすみ。令治」
「おやすみ…文久……」
目を閉じた志賀は、思い出していた。別れてから、目醒めて秋月がいないことを何度も思い知らされて、その度に辛かった朝。…でも、ここにいると言ってくれた。
「早く良くなりますように」
ささやくような、祈りの言葉が心地良く耳に溶ける。寝不足だったこともあってか、すぐに志賀は寝入ってしまった。
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