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五十五
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「腹へった・・・。」
昨晩メシ抜きで励んだおかげで睡眠を充分とっても、目覚めてみれば6:30の少し前だった。
これなら9:00にくる洋服屋の前でもシャンとしてられるだろう。力いっぱい伸びをしてウ~~ンと唸っているとコウの左手と左足が俺に絡みついてきた。コウは普段あまり俺に触れることは無い。
だいたいは俺がなんとなくくっついている、そんな感じだ。
でも朝は違う。
目が覚めるか覚めないかのボンヤリした時に限って俺から離れようとしない。コウより先にベッドから出ると不機嫌になり朝から面倒くさいから約束してやった。しっかり目が覚めるまで横にいる、そう宣言したら子供のように嬉しそうに笑顔を浮かべた-こういうのは反則だ。
笑顔を作ったら寿命が縮むと言わんばかりの無表情がコウのデフォだ。冷たい視線で相手を黙らせ、己の力量を見せつける。
それがこんな簡単な約束で笑顔を見せるわけだ・・・「月光様」の威信にかかわるから、こればかりは閃にも言えない俺の秘密。
でも悪くない、そんな笑顔を知っているのは俺だけだということは、不確かな事ばかりの生活の中でキラリと光る真実、そして俺の宝物。
「おはよ、腹へった、起きようぜ。」
コウはモゾモゾと俺にすりより肩口に鼻先を擦りつける。誰かに甘えたことなんかないだろう、そんな男の仕草がどうしようもなく愛おしい。寝乱れた髪を梳きながら、その頭にキスを落す。
腹部のあたりを覆っている羽根布団の肌掛けを取り去ると、自分の身体にしっかり絡みつくコウの全身が丸見えになった。
こんな姿、見られたら大変だな、コウ。
「起きろって、洋服屋の前で寝ぼけているわけにいかないだろ?シャワー浴びて月光様に変身する時間だって、ほら・・・コウ。」
「ヨシキは意地悪だな。」
はぁ?なんでそうなる。
「今日も信じられるたった一人の存在を胸に刻んでいるというのに、起きろ起きろと言う。
私はまた有象無象の輩を捌く時間を夜まで続けるというのに、思いやりがない。」
口ぶりは随分な俺様だが、言ってることが甘ったれている。もっとウダウダしたいのに起きろって・・もぉ!って事だろ?日本人以上に単語を組み合わせて文章にしているが、堅苦しい事を言うとき程、本心を隠したい。コウのとる自衛策はもうお見通しだ。
悪いが俺は学習能力があるんだよ、コウ限定だけどな。
「コウ・・・おはようって言ったぞ俺。」
ようやく顔をあげるコウ。
「おはよう、ヨシキ。」
「ん、おはよ。」
そしていつものように俺がキスをする。
「もう起きなさい、時間ですよ。」の合図。
コウはようやく俺の身体から離れてむっくりと起き上がった。それを確認してから俺もベッドに腰をかける形で床に足をつける。約束は守らなくてはいけないから。
この段になると、コウは甘ったれた自分を脱ぎ去っているから、さっきまでのあれは芝居か?と思うくらいだ。一度聞いたことがある、「朝のあれは俺を安心させるための芝居」かと。
「違う、真逆だ。目覚めた時の私が本来望む姿だ。それ以降が芝居だ、私は皓月という男になる。
コウと呼ばれて微笑んでいるのが本当の私だよ、ヨシキ。」
シャワーに向かう背中をボンヤリ眺めながら毎朝思うのだ。
つねに演じ続けるってどういう気持ちなのかと。
兎はお月様の役に少しは立っていると思いたい。
浴室にコウがいくと俺は自室に行く。小ぶりのバストイレが設置されているので、そこでシャワーを済ませて着替える。
洋服屋がくるなら服のほうがいいのだろうか。胸にポケットがついた袖口と裾が切りっぱなしになっている青いカットソーを選ぶ。グレーのパンツをルーズにロールアップしてスリッポンのスニーカーをひっかける。どこぞの若造みたいな格好だが、香港は暑いからきっちりした服を着る気がしない。
1Fのダイニングに行くとすでにコウは席についていた。相変わらずの真っ黒コーデだ(さすがにネクタイはしていない)
美味しそうなお粥が湯気をたてている。そしてどっさりのレタスが上に盛られているのを見てうれしくなり顔がにやけた。
コウは向かい側から俺の襟元を見て眉をひそめた。
ちゃんとチェックしたぞ?お前のつけたキスマークは見えていないから大丈夫だ。浴衣の合わせでも見えない場所をちゃんと選んでつけるあたりが、この男らしい計算だ。
「鎖骨が見えすぎじゃないか?」
はぁ?普通だろ、普通。「そのスカート短すぎじゃないか?」なんて娘に文句を言う父親か、お前は。
閃が顔をそむけて緩んだ顔をコウから隠したのが見えた。
鎖骨という単語がわかったのかどうか疑問だけれど、たぶん言わんとしたことは理解したのだろう。
閃の日本語力が上がってきていることをコウに言っておいた方がいいな。
エロいことをバンバン言うのをやめたほうがいいと釘をさすことにしよう。皆の月光様がエロいお月様だってことは知られないほうがいい。
いつもどおり粥は最高に美味しかった。冷たいレモン水も申し分なし。
コウは食事が終わり茶を飲みながら新聞を読んでいる。1Fにはリビング的な部屋もあるのだが、俺は朝食を食べたあと、そのままダイニングで過ごすのが好きだ。
ドラマや映画ででてくる、家族でテーブルを囲む姿に憧れがあるのかもしれない。コウは父親?旦那?なポジションだ、新聞を読み眉間に皺を寄せている。
俺も…旦那?で、水を飲みながらまったりしている。俺達の世話をするのは閃だから、役割的には母親?嫁?(男だけど)
ホームドラマには程遠い設定だけれど、この時間がいい。
今日の予定を頭の中で確認して、空いた時間に何をしようか考える。
洋服屋が来るので、勉強は午後にスライドされているから、採寸が終わったら庭で本でも読もうか。
ドアの開く音とともに一人の男が静かに部屋に入ってきた。コウの耳元で何やら告げているようだ。
俺の耳に届いて判別できた単語からすると、どうやら予定が変わるらしい。洋服屋がこないのか?
何事か二人は時計をみながら言葉を交わし、そのあと男は出ていった。
「あの人なんて言う名前なの?」
「白牙という。」
「シロさんか。」
「シロサン?」
「コウもセンも日本語読みで呼んでいるじゃないか。シロさんだけ別なのはダメな気がしてさ。
呼び捨ては失礼な雰囲気なので「さん」をつけることにした。」
「あまりに馴染みがない呼び名だから面食らうだろうな。」
コウは驚くシロさんの顔でも思い浮かべたのか口元を緩めた。
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