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99.訣別4
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一方。
蒼は星音堂の中をぐるりと回っていた。
最初に来て、感激したことを覚えている。
少しの荷物でやってきた星音堂。
尾形が逃げている後姿を見て、意味が分からなかった。
新入社員を偵察にきていたということを後で知って笑ってしまった。
蒼がくる前日。
吉田は、一生懸命に彼の机を掃除してくれていたという。
ここにきてよかった。
ホワイエも、ホールも、練習室も、中庭も。
みんな、みんな思い出のいっぱい詰まったところだ。
圭と出会えたのもこの場所のおかげだ。
遅番で。
星野と待っていたところに、圭が現れた。
本当に生意気で、気に食わないやつで。
雨の中。
自転車の鍵を一緒に探してくれたんだっけ。
それだって、星音堂だ。
ヴァイオリン協会で遅くなると、一緒に帰ったり。
キスしたこともあったな。
圭が活躍できる足がかりになったコンクールもここだった。
それから、いろんな人がこのホールを利用してくれて。
いいことも、悪いこともいっぱいあった。
中庭の鳥小屋は、吉田や星野との思い出いっぱいだ。
みんないい人たちだった。
ぐずで、仕事もうまくできなかった自分を暖かく見守ってくれて、支えてくれたのは事務所の人たちじゃないか。
静まり返っている廊下で。
じっと中庭を見ていると、ふと、自分が泣いていることに気付いた。
お別れだなんて。
信じられない。
明日も、ここに立っていられるような気がしてならないのに。
それは叶わないのだ。
どうして、人間は同じ場所にとどまっていることができないのだろう。
飛躍したい人に聞かれたら笑われてしまうと思うけど。
いつまでも居心地のいいところにしがみ付いていたいタイプだから仕方ないじゃない。
涙をぬぐいながら、蒼は自嘲気味に笑った。
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