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早く来てと求める手と視線。そして言葉。
「リカちゃん、隣座って」
「さっきまで煙草吸ってたから、煙たいと思うけど」
「いいから。いいから早く」
気を遣ってくれるリカちゃんを跳ね除けてまでも求めてしまうのは、今回も上手くいくとは限らないからだ。今この瞬間に伝えないと、俺は忘れてしまうからだ。
「…………俺も悪かった。言い過ぎたと思う……から……その、なんか……うん。ごめん」
謝った途端に恥ずかしくて、しかも声が小さくて自分が嫌になる。リカちゃんみたいに、はっきりと目を見て言いたいのに俯いた顔が上げられない。
それでも伝えたくて、隣に腰を下ろしたリカちゃんのネクタイを掴む。俺のあげた青色じゃなく、淡いグレーの生地に白と黒の細いストライプ柄。
地味な色なのに、リカちゃんが付けるとあまりそれを感じさせない。
「慧君?」
ネクタイを見つめる俺をリカちゃんが呼ぶ。
「俺、リカちゃんに幸の真似してほしいなんて思ってない。なんとか伝えなきゃって思って、でもどういえばいいかわからなくて出ちゃっただけなんだ。猫みたいに可愛いのが好きとか、コアラみたいにずっと寝ていたいとか……そんな感じ」
「うん……うん?コアラ?」
「だから、だから無理しなくていい。それを言いたくて、でも比べちゃったのは悪かったと思ってる。ごめん」
なんとか言えて安堵の息をはく。今度はちゃんと上手く伝わったか不安に思い顔を上げると、俺を見つめるリカちゃんと目が合った。
その瞬間に、頭のなかで『パチッ』って音がした気がする。俺の言いたいことと、リカちゃんが感じたことが一致した音。
絶対に聞こえるはずのない音が聞こえて、それを追いかけるようにリカちゃんの口が開く。
「許さない。いくら慧君が相手でも、あんなこと言われたら許さない」
掴んだ手からネクタイが逃げる。するりと滑って、何も残らない。
何度も何度も間違って、何度も何度も後悔した。
何度も何度も許してもらって、何度も何度も。何度も何度も。これは何度目だろう。
何度目かで知ったこの気持ちは、永遠に知りたくなかったものだ。
「やだ」
言ったそばから後悔する。そうじゃないだろって、許してもらう時に言う言葉じゃないだろって思うけど、頭で考えるよりも心で感じたことの方が早く出る。
「やだ。そんなの絶対にやだ」
次は簡単に離れて行かないよう、スーツの襟を掴んだ。両手でしっかりと、皺が寄るのも関係なしに握りしめた。
「許さないなんて言うな!本当に思ってないから、悪かったってわかってるから……っ、だから許さないなんて絶対にやだ!」
力一杯を込めた手が震えて、指先が白くなってくる。襟を掴んでいるはずなのに、それを通り越して自分の体温を感じるぐらいだ。
それぐらい必死で、それぐらい焦っていて、どれぐらい伝えたらいいかわからない。
俺は何を言えばいい?
どんな言葉で、どんな声で、どうして伝えたらいい?
嫌だと思うこの気持ちを、そのまま届けたいのに上手くできない。また失敗するのが怖かった。
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